英国でポスドクをして大学教員になった若手研究者のブログ

ポスドクの研究留学日記的なブログ

2017年5月14日日曜日

椎間板ヘルニア闘病記④リハビリの開始と途中経過

 少し間が空いてしまいましたが、前回の続きを書きます。今回からは術後とリハビリの様子を記して行きたいと思います。同じ腰痛を持つ人のなにかしらの参考になれば嬉しく思います。
それではスタート!

術後一日目
 朝から点滴は続く。痛み止めはもう打たなくても大丈夫だ。投薬は感染症予防のセファロスポリン系抗生物質。朝起きて体温と血圧の測定。血液ドレーンの確認。朝食を普通にぺろりとたいらげた。しばらくすると看護師さんがご登場。「立ってみましょうか?」「ええ!」で、立つ。(おそらくは、担当医の先生から立てそうなら立って良いとの指示を受けているのだと思われる。)立てる。そろりそろり歩ける。スクワットやってみる。気持ちいい。トイレにも行ける。立てるって素晴らしいと実感。寝ているだけって本当に辛い。老化で歩けなくなったら本当に辛いなって疑似体験した気分。これからも足腰は鍛えよう、大切にしようって心から思った。そこに母親が訪れた。術前は色々と大変な事になりそうだったので、協力をお願いしたが、もはや来てもらう意味も無いくらいだった。(なにしろ、術後数日は身動きが取れない状態も考えられるため、おむつを用意するよう指示されていたのだ。結果的にまったく必要なかったが。しかし、必要になる人がいるのも事実なのだろう。おそらくLOVE法でやった場合はその可能性が上がると思う。)数時間のお喋りをして母親は退散。遠方からお金と時間をかけて来てもらって、結局何もせずにお帰りになって申し訳なかった。その日はたまに歩き、たまに寝て、起きて食べてネットで遊んで。何もせずに平和に終わった。


術後二日目
 リハビリに向けた説明があった。非常に合理的説明を受けて感心したのでまとめておく。

 まずは理学療法士による問診があった。色々と自分の体をチェックしていただいた。まず何よりも先に判明したのは、今まで痛かった左足の硬さが尋常じゃないこと。ここまで硬いのは珍しいを通り越しているとの指摘があった。これから徐々に柔らかくしてく努力が必要。しかし腰やお尻の方に痛みがある時は、これはヘルニアによる症状なので、良くなるまで止めた方が良いとのことだった。

 更に伸びるとはどういう事かを理解するのは大切とのこと。筋肉、筋膜、神経、皮膚、これらが伸びてくると体は柔らかくなる。なので一部だけでは不十分であり痛みの原因。一つ一つ丁寧に伸ばしていくことになる。マッサージは繊維の束をほどくつもりでやる。裂けるチーズの束を指で押してほどくようなイメージ(おお!)。更にストレッチは30秒以上やって初めて効果がある。続ける事が大切。(はい!)なるほどと思った。
 筋肉を伸ばすのはいわゆるストレッチの感覚でよい。痛みが出るギリギリの所で止める。痛いと筋肉痛になって返って逆効果。筋膜や皮膚を伸ばすのにはバスタオル等を硬く巻いた物を使うと良い。その上に座るだけでも、物理的に筋が伸びる。それを少しずつずらして足全体をやっていく。左が特にヤバイので重点的にやりたい。その時に体重が後ろに行ってしまうと、いわゆる猫背の悪い姿勢になって腰に負担がかかるので、絶対に後ろには体重をかけない。色々と注意点やポイントが多いので理解するのと体感で覚えるのに時間がかかるが、術後のリハビリが重要と皆さん言うので必死になって覚える。普段より脳みそ働かせている感じがした。

 腰に一番負担がかかるのは、意外にも座りながらの前屈とのこと。これは極力避けるべきだ。次に圧迫がかかるのは立ったままの前屈。いわゆる田植えポーズ。これも無理にはやらない。椎間板に悪影響である。

 足腰の柔らかさはとにかく継続が必要。アキレス腱、ひらめ筋、下腿三頭筋、膝の裏の筋、ハムストリング、これらの筋肉や筋を全て延ばしていく必要がある。
 延ばす時は反動をつけてはならない。痛むギリギリ手前で止める。止めたままマッサージとかは良いこと。そして30秒以上続ける。アキレス腱やひらめ筋はいわゆるラジオ体操の姿勢。それを後ろ側に体重を持って行くのが、ひらめ筋の内側の下腿三頭筋。ハムストリングは先ほどのタオル等でやると良い。痛みも負担も少ない。しかし効果は薄いのでできるならしっかり伸ばしたい。準備運動と捉えて良いだろう。ストレッチ用のポールはお金があればで良いが、痛いと思われるのでリハビリ目的ならタオルを硬く巻いた物で良いだろう。いわゆるストレッチ用に市販されているストレッチポールは硬い発泡スチロールの筒でできている。ある程度柔らかくなったら使用する程度に考えて良いとのことだ。
 現状では前屈はできなかった。本当に前に行かない。少し不安だった。座ったまま、どちらかの足を前に出して伸ばす。これが辛い。つま先を立てて足首を反らす。できるだけ延ばして前屈の姿勢まで持って行けるだけやる。無理はしてはならない。腰に負担がかかる。お尻や腰に痛みがある場合は即座に止めて、痛くない範囲でやる。とにかくつま先と足首を反らして伸ばす。その時、体を横にねじると痛みは出にくいが、効果は少ない。どうしても痛いなら、横を向いても良いので、慣れと共に徐々に正面を向けるようにする。ゆっくりで良い。とにかく焦らないこと。
立った時も足首とつま先を反らして片足で前屈してみる。その時もう一方の支える方の足の膝が外に逃げないようにする。辛いようなら徐々に正面を向くようにする。

 寝ている時でのストレッチは出来る。横の筋膜を延ばすことも重要。先ほどのタオルを硬く巻いた物を使って、横になっている時テレビ見ている時とかに太ももの下にその筒を敷いて横になっていればよい。1分おきに場所を移動していく。それだけでも筋膜のマッサージストレッチになる。
腹筋は必ず膝を立ててやる。そのまま首を上げるくらいで良い。それをキープ。一回5秒x10回朝昼晩。コルセットしたままでOK。あくまで筋トレではなく、最低限の体幹調整が目的だ。
一通りの説明や解説があったこの日は終了した。翌日から頑張ろうと強く思った。

術後三日目
 まずは朝の回診。傷の経過は順調とのこと。血液ドレーンがついに除去された。完全チューブフリーだ。とても気楽になった。やはり異物が体に繋がれていると言うのは、多少なりともストレスだ。病気も手術も、本当はしない方が良いに決まってると感じた。(しかしやる時にはやらないとではある。)
 本日はリハビリ指導の1日目。前日習ったことを中心に、けっこう頑張ったと思う。上に書いた内容のものを何回か繰り返しやった。座りながら左足のかかとを地面につけて、足首を反って伸ばす。情けない話だが、これがかなりきつい。でも数回やった。その時痺れるのは腰の左側とお尻の左上。左足の付け根(裏側)。ひらめ筋と梨状筋と中臀筋。それになぜか尾てい骨付近だ。数にして5回くらいを行ったと思う。(1分x5)


術後四日目
 朝起きると腰に鈍痛を感じる。少し不安であったが立てる。以前よりも普通に座れる。(痛くないように気をつけながらならではあるが)歩ける。(かかとから着く正しい歩き方とは言えないが。)そう感じながらしばらくたっても、鈍痛は解消されていない。リハビリで頑張り過ぎたのかと思う。それでもほとんど前屈みっぽい姿勢は取っていないのだが。。。確かに座って前屈みが一番負担かかるのかもだけど。。。しかし曲げられない。多少なりとも不安になる。もちろんお辞儀もできない。今日のリハビリで相談することにした。
 さて、本日も1時間のリハビリ指導。今日からは、理学療法士の先生の指導時間以外に、朝昼晩と3回のリハビリタイムを設けることを義務にした。とにかくまずは普通に歩ける様になりたいのだ。今日習ったこと。梨状筋症候群?や馬尾症候群?も含めた治療を考える必要があるかも。椎間板ヘルニアを患ったことにより、そちらまで症状が広がったことは考えられるのではないか?(これは外科医の診断と言うより、理学療法士の先生が痛む部分を見ての判断だが。)怪我の部分と痛む部分が一致していないというのは神経系の怪我や病気では良くあることだ。
 その日は腹部インナーマッスルの鍛え方を習った。深呼吸。とにかく細く長く出す。腹式呼吸だが、出し切る過程で仰向け(膝は立てる)になった時に浮いている背中部分を床に押しつける感覚でゆっくり。5回1セット。1日三回。回復のための腹筋、膝を立ててお腹を見るようにして3秒。10回1セット、一日三回。わりときつい。。。
 仰向けで両膝を90度に立てる。右足をその角度を保ったまま90度上に上げる。その次に右足を上げたまま左足を同様に上げる。次に膝の角度を90度に保ったまま下げる。次に左足を下げる。10回1セット。一日3回。
これ加えて前日からやっているストレッチも忘れずにこなした。

 膝裏の筋を延ばすようにほぐすようにマッサージし、そして梨状筋もほぐしてストレッチする。30秒以上じゃないと伸びないとのことなので、1分とかなるべく我慢して長時間挑戦した。早く柔らかくならないかなと期待して。

術後五日目
 ゴールデンウィークに突入してしまった。リハビリが休みなので、自分でやる。朝昼晩の3回。タオルストレッチ1分ずつずらしていく。座位での左足のストレッチ1分。横になって腹筋15回、足上げ15回、深呼吸5回。梨状筋を自分でもマッサージしてみる。難しい。出来ているのかまったく分からない。調べるに、梨状筋と中臀筋を柔らかくすることが大切だと、自分で判断してのこと。その後、立位でのアキレス腱のストレッチ。付け根の方とふくらはぎの方、更に大きく股を前後に開いてハムストリングのストレッチ。各一分。これらを朝昼晩と繰り返した。

術後六日目
 前日と同様にGWによりリハビリが休みなので自分でひたすらやる。今日からタオルストレッチはテニスボールに変更。こっちの方が圧倒的に痛い。体重をかけることによって筋が湾曲する。これによってストレッチの効果があるのだ。これで和やらかくなるのは早まるだろうか。。。期待が焦りにならないように注意しながら。。。

術後七日目
 寝起きで背中と首を痛める。腰をかばうあまり、寝返りや寝起きの時に頭を支店にして動かした模様。この時に変な体勢をとったと思われ、これにより右首と僧帽筋(または大菱形筋)を負傷。おそらくぎっくり腰の背中・首バージョン。痛みは激しい。起き上がるのが苦痛。寝ても痛かった。仰向けが非常に苦痛。すぐにモーラステープが処方されて貼ってもらった。効いている感じがした。午前には痛みは多少和らいできた。しかし、首が上下左右に自由に動かせず、いかにも不自由。歩ける、座れる。しかし、寝ているのが辛い。これは非常に痛手。しかし、何とか良くなるのを待つ意外に方法はなさそう。本日リハビリはお休みだ。二次災害はつきものか。気をつけていたのに、寝ている時はどうしようもない。。。少し落ち込んだ。

術後八日目
 背中の痛みは軽減したのでリハビリを再開。前々日と同じメニューをこなす。朝昼晩。一日休んだせいか、筋肉の張りが軽微になった気がした。伸ばしやすくもなったと思う。まだ痛む時があるが、その痛みを我慢すれば椅子に座って足を伸ばせるようになった。これは進歩したと自分で実感が沸いてきた。

術後九日目
 前日の進歩は後退していない様子で嬉しい。歩く時もだんだんとかかとから歩ける様になってきた模様。まだかかとを先に出すと、お尻や裏太ももの付け根に痛みやつっぱりがある。しかし、術後よりもその痛みは明らかに減って来たと思う。体の回復を感じられてテンションが上がる。しかし無理は禁物。基本的に痛いことをやってはいけない。この日も朝昼晩とメニューをほぼ完璧にこなした。どこまで改善するのか楽しみになってきたと同時に、どこかで回復が止まるのではないかと不安も出て来た。やはり焦らず継続が大切と言いきかせて、翌日の第三回目のリハビリ指導を迎えた。

術後十日目
 本日からリハビリ指導が再開。3回目。朝のメニューをこなしてからリハビリ室に出向く。そこで先生のチェックが入る。座って足を伸ばす。寝て足を上げる、など。マッサージもしてもらって、また足を上げる。「ずいぶん伸びるようになったー!」と先生。とても『嬉しかった。まだ問題は残っているし、目標である靴下を履くことにまだチャレンジしていない。もっと頑張ろうと思っている所で、3回目の指導が始まった。

今回はここまで。次回はリハビリの続きと退院まで。
Yskでした。

2017年5月9日火曜日

椎間板ヘルニア闘病記③:ヘルニア除去術と全身麻酔のリスク管理

 こんにちはー。Yskの闘病記:第三弾です。(第一弾はこちら。第二弾はこちら。)
今日はリスク管理について考えました。随分と内容が硬くなってきたので、楽しく読めないと思いますし、多少賛否両論ありそうな内容にもなっていますが、興味が沸けば嬉しく思います。なお、今現在、Yskのいる病室の隣には小学生の女の子がいます。よく手術を決断したなと思い、その勇気と決断を讃えると同時に、来る手術の成功を心から祈るばかりです。今回のお話は、そんな彼女への応援の辞でもあります。では、スタートー♪

 今回のヘルニアの手術を決断する前には、本当に色々な人の話を聞いた。(専門・非専門含めた)医師はもちろん、その他の医療従事者、ヘルニア経験者、腰痛持ちのお仲間(手術未経験)、針鍼灸医(東洋医学)、などなど。その節は、それぞれの立場から色々なアドバイスをいただき、本当に参考になった。まずこの場をかりて御礼申し上げる。
 しかし一方で、実際に色々と詳しく調べて見ると、ちょっと行きすぎた意見ではないか?とか、誇張して危険を煽ってはいないか?と思われる記述がとても多いことに驚いた。これは患者自身が正当な判断を下すのには、いささか障害となると思われる。そこで、今回は、Yskが手術(あくまでヘルニア除去術)と全身麻酔のリスクについて考察した内容について書いてみたいと思う。

 さて、Yskは最終的に手術を選択したわけだが、手術を絶対にやりたくない、という人の考えは大きく分けると次のようである。
全身麻酔と手術の危険性
痛みに耐えられそうにない
単純に体を切るという行為を受け入れられない
 それ以外にも色々とあるだろうが、大きくはこの3つだと思う。結論から言って、実際に1週間前に手術を受けた今の感想を言えば、「長年痛みに苦しむくらいなら、早い所原因を摘出除去してしまった方がより快適だ」と思う。では、なぜ手術に踏み切れない人が一定数いるか、と言うのが上記の理由であろう。
 ③に関しては、どうしようもない。個人の強い意志を変えさせるというのは、他人の力ではどうしようもない。しかし、これを理由とする人はそこまで多くないと思っている。何かを恐れているのが普通である。
 では次に②はどうか。確かに手術に痛みはつきものだ。Yskがやってみた感想でも、痛くなかったと言えば嘘になる。しかし、我慢出来ないくらいの痛みだったか?と問われれば、答えは明確にNoである。前回の投稿を読んでもらえれば良いと思うが、個人に合った鎮痛剤(自分の場合はボルタレン系のロピオン)を上手く使用すれば、かなり痛みは軽減された。(尿管カテーテルの抜管に関しては課題が残るが、、、)もう既に経験してしまったから言えるのかとは思うが、手術・術後の痛みのコントロールは十分可能で、安静にすることや痛くない方法を探れば、それほどのストレスにはならないと思う。一方で、痛みの感じ具合は人それぞれと言う医師の説明も実際にあったように、Yskの経験談が全てではなかろう。Yskが言えることは、「少なくとも痛みをまだまだ敏感に感じやすい30代男の身体が内視鏡施術を経験した限りでは、思ったよりも簡単に痛みに耐えることが出来た」と言うことだ。なお、歳を取れば取るほど痛みには鈍感になると言う。また男性よりも女性の方が(出産を経験するからかもしれないが)痛みには強いと言われている。と、ことわりを入れた上だが、手術・術後の痛みのコントロールは日々進歩していて、少なくとも内視鏡下の侵襲の小さな手術においては、手術未経験者が持つイメージよりもはるかに痛みは緩和されていると思っている。(なお、隣の病室や同じ病棟には、侵襲の大きな古典的LOVE法で手術を行った患者さんが大勢いたが、痛みに耐えかねて苦しんでいる様子は見られなかった。このことからも、痛みのコントロールという技術は近年著しく進歩していることを伺わせる。)経験談としてアドバイスをするなら、「低侵襲・最小侵襲=痛みの低減」なので、低侵襲手術を標榜している医師や病院を選択することを勧めたい。

 さて、やはり一番大きな問題と捉えられるのは、①の手術・全身麻酔のリスクだろう。手術の失敗や麻酔の事故に関する事を見聞すると、一歩が踏み出せなくなるのだと思われる。そして「切らない治療」へと考えが向く。しかし、椎間板ヘルニアの場合は、切らない治療を選ぶにしてもそれも、あらゆる治療の予後を考えた場合には、お金と時間と回復の頂点をいつも天秤にかけなければならない事を考える必要があるだろう。これについては前回詳しく述べた。→こちら。(もちろん、体力やその他の疾病のせいで手術が出来ない場合も多々ある。特に高齢者は。今回はそれらの場合は除くこととする。)自分の体験で言えば、切って良かったと思う。足の痺れはほぼ完全に消えている。これが術後すぐに感じられるのだ。もう痛み止めを必要とせずに寝られる。効果てきめんだ。なので、簡単に手術が行える人はその方が良いと、勧めたい。しかし、拒む人の心理も理解できる。失敗のリスクヘッジが問題なのだろう。もちろん、人間がやる手術である以上、失敗が完全に0%であることはあり得ない。しかし、患者自身が気をつけることで失敗のリスクを格段に下げることはできるだろう。その方法を考えたいと思う。
 まず、手術の失敗であるが、これはどの様な内容だろうか。
1.神経を傷つけてしまって、腰痛や足のしびれが増大してしまった。
2.体内に異物を残したまま手術を終了してしまった。
3.余計な部分を切除してしまった。または患者を間違えた等により、切除する部位を間違えた。
4.切ってはいけない血管を切ってしまって出血多量になり、輸血が必要となった。(ただし、椎間板ヘルニア除去術の場合、太い血管付近は切られない。)
などが代表的な手術の失敗であろう。さて、これをどれほど確実に回避できるだろうか。椎間板ヘルニアの場合、4は除外できる。3はもはやあってはならないミスである。今回の手術でも、と言うか点滴一つ、採血一回やるだけでも、フルネームの確認と薬剤や容器に書かれた名前の一致をチェックしていた。この取り組みはもはや現代では普通だろう。少なくとも、大きな病院ではチェック体制というのは二重三重にされている印象で、この手の間違いは起きにくいように思う。心配する人は、チェック体制の強化された病院を選ぶべきか、そのような体制が敷かれているか事前に聞くべきだろう。2ももってのほかと言えるミスである。時々そのようなニュースを目にする。しかし一考すべきは、どれも随分前の手術である。現代の手術では手術を終えて皮膚を閉じる直前やその直後にレントゲンの撮影をするようだ。Yskの画像も見せてもらえた。この時に何かとんでもない物が残されていれば、速やかに対処されるだろう。つまり、現代の方法ではあり得ないと考えても良さそうだ。なお、手術に使う道具や器具等は、術前術後で数が合うかチェックされる。今回の様に、内視鏡下の場合、切開創が小さいために大きな異物は入りにくい。こういった点も安心感を与えると思われる。つまり、総じて2、3のリスクはチェック体制が強化されていれば回避が可能である。
 問題は1であろうか。これは症状によるだろう。重度のヘルニアで長年放置された場合、神経とヘルニアが膜を介して癒着してしまう。これを剥がしながら除去するとなると、多少なりとも神経が傷つけられるリスクが増す。(だからこそ、切除するなら癒着の無い段階、つまり早いほうが良いのだ。これは予後の回復にも大いに影響する。)個人的には、ヘルニアを全て除去すると神経を傷つける可能性が上がると言うなら、癒着した部分を完全には除去せずに、ヘルニアになっている飛び出した随核を上手く切除して、癒着した部分は残すという選択肢もあるのではないかと素人ながら思うのだが、これは機会があれば担当医に聞いてみようと思、、、、ったら先生がいらっしゃったので聞いてみたところ、神経保護は最優先課題なので、そのような場合は積極的に癒着した部分を残すようにするとのことだった。これは安心材料である。結論から言えば、ヘルニアを長期間放置しないで、早い段階で手術をすれば、神経を傷つける可能性のある癒着を防げると言うことだ。なお、手術中に神経を避ける場合は特殊な器具を使って防護するらしい。それを使うのに癒着があると、使いにくいことにもなり安全度が下がる。逆に言えば、その器具で神経が守られる状況なら、神経が無駄に傷つくことは考えにくいと言えるだろう。

 そして、ここからは全身麻酔の危険性を考える。全身麻酔による事故は様々考えられるが、最も恐いのは合併症だろう。今回、麻酔科医の先生から「麻酔のしおり」というパンフレットをもらって熟読した。良い事も悪いことも書いてあったので、それを参考にしてYskの考えを書いておくことにする。まずは合併症の紹介を簡単に。
1. 歯が抜ける→これは麻酔から覚めた直後チューブを抜く際にチューブを強く噛むことがあるため。(重大事故と感じる人は少ないと思っている。)(あまり聞かない)
2.声がかすれる→特に問題は無い。一日くらい時間が経てば元に戻る。
3.誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)→これは割と大きな問題。胃酸や胃の中の物が肺に入ってしまって引き起こされる。対策は後述。
4.気管支痙攣、喉頭痙攣→チューブの刺激やそのアレルギー反応によって起こる可能性があるが、麻酔科医の処置により回復は十分可能。(大きな問題にはならない)
5.アレルギーによる蕁麻疹や呼吸困難(喘息?)。これもアレルギー反応であるので、薬剤での対処が可能。
6.悪性高熱症。これは遺伝的要因。近親者にそのような人がいなければまず問題にならないらしい。
7.肺塞栓症(エコノミー症候群)。血栓が心臓から遠い足にできて、その血栓が肺の血管に詰まってしまい、呼吸困難や胸の痛み、時には心停止を引き起こす可能性がある。これは発症すると危険なので、念入りに防ぐ必要がある。方法については後述。
 以上が全身麻酔で注意すべき合併症である。こう見ると、3の誤嚥性肺炎と7の肺塞栓症が大きなリスクとなると言えよう。では、その予防策を並べてみる。
 まずは誤嚥性肺炎について。これは術前の絶飲食を徹底すること、アリスタット(胃液を抑える薬)を飲むこと、アクアソリタで少量出た胃液を下へと洗い流すこと、更にその上でアリスタットを再度飲むこと。これで胃液による胃の中の酸性度を抑えて、中性で空っぽにする。この状態で仮に履いたとしても胃酸による肺の炎症を防ぐことができる。さらに言うと、前日の絶食後、当日の絶飲食後、さらには術前に歯磨きを念入りにすることも重要と考える。口腔内の細菌数はとても多いのだ。それゆえ、胃の中をからっぽにするのに加えて、口の中もキレイに洗浄し、最後はリステリンなどの殺菌剤で口腔内も清潔にしておくことは有効だろう。これにより、誤嚥性肺炎は防ぐことがかのうかと思われた。更に、喫煙者は禁煙をした方が良さそうだ。手術後にはどうしても痰が出やすくなる。それを排出するのには咳をする必要があるが、肺の機能が弱っているとそれが出来にくくなってしまう。そう言った意味では、特に高齢者は常日頃から心肺機能を鍛えておくことが重要であろう。肺の機能を高めておけば、術後の肺炎も防げるし、血中酸素濃度の低下による低酸素血症および無気肺の危険性も格段に下がると考えられる。手術が決まってからでも遅くないので、運動とも言えるくらいの大きな深呼吸をはじめ、ある程度の運動で心肺機能を鍛えておくことが勧められると思う。ついでに、素人の考えだが、高所トレーニング(低酸素トレーニング)を積んでから手術をしたらどうなるか考えてみたのだが、通常は酸素を血中に取り込む能力が上がることを考えれば、ある程度の良い影響があるかもしれないな、と興味が沸いた。しかし、これは対して効果は無いかも知れないYskの憶測である。
 続いて肺塞栓症について考察を重ねたい。いわゆるエコノミー症候群であるが、これは心臓から遠い足の血流が悪くなることによって血栓が出来てしまうことが要因である。その血栓が肺に行ってしまうと危険な状態となる。これを防ぐために、手術中に足にマッサージャーを装着し、心臓へと血液を送り返す運動を促すのだ。さらにキツイ靴下も履く。血栓ができたとしてもそれを肺へと送らないためだ。更に、高齢の方が説明を受ける様子を聞いたのだが、血栓ができやすいと判断された人は、一時的に血液をサラサラにする(コレステロールを下げるとは限らない)薬剤を投与して、血液の凝固を防ぐらしい。ここまで管理が徹底していれば、安心感は増すのではないだろうか。なお、血栓ができやすい人もいるようで、そのような人や発症しやすい状況はある程度データから類推できる。手術の前にしっかりとカウンセリングと検査を受け、手術に臨むことが重要であろう。
 その他真剣に考慮すべきは、麻酔科専門医が事前調査と実際の処置をするかどうかだと思う。医師は一度医師国家資格を取ってしまえばある程度はなんでもこなせる。麻酔科だけは厚労省の許可が必要だが、それも高度な知識と技術を持つ専門医や認定医、指導医とは異なる。全身麻酔によるリスクを少しでも回避するためには、専門医などの高度な技術と知識を持つ麻酔科医のいる病院で手術を検討した方が良いと思う。


 以上、手術と全身麻酔に関するリスクについて考えてきたが、まとめとしてYskが考えるのは、必要以上に手術・全身麻酔を恐れるのは自身の利益にならない場合があるということだ。ひとたび全身麻酔のリスクを調べると、危険性の煽りとも受け取れる内容が多く目に付く。例えば、「全身麻酔が効くメカニズム(理由)は分かっていないから危険」との記述。同じ方向性で言うなら、実は飛行機はなぜ飛ぶのかは完全には分かっていない。しかし経験的に上手く飛ぶことが分かっているので、ここまで大規模な航空産業が成り立っている。だから、ちょっといいかげんとも言える麻酔関連の記述には惑わされるべきではないだろう。全身麻酔で死亡した例があるから止めよう、と言うのは、飛行機は落ちたら死ぬので乗るな、と同じであり、全身麻酔だけがあたかも非常に危険かのような記述はされるべきでないだろう。経験則(統計学的結論)も立派な科学的データであり、調査母数の多い今回のケースに関しては信頼されるべきだと考える。(ただし、本当の危険性に関しては熟考して判断すべきである。)(また、これは行きすぎた意見かもしれないが、中には危険性の一部分だけを取り挙げて売り込む困った東洋医学者もいる。医療生命保険関係者が情報の発信源だと、内容に嘘は無くても、多少なりとも保険の営業の臭いがするものもある。)これは恐怖心を煽って本来患者が取るべき最良の治療法を妨げる結果的ともなり得、しいては患者自身が不利益を被ってしまうことになりかねないと一患者としてYskは思う。最終的にリスクを判断するのは患者自身かその家族となるが、不必要な煽りには流されずに、きちんとしたデータと考察に基づいて判断することが肝心かと思われる。ただし、それでも判断と選択の自由はあるのだから、患者自身の意思が一番に反映されるべきだろう。

以上、Yskでした。次回は今度こそ歩行・リハビリ編!
最後に、今回手術前にカウンセリングを受けた時にもらった「麻酔のしおり:日本麻酔科学会より」の一部を載せておこうかと思います。参考になれば幸いです。(問題あるのかな、、、これ。利益目的じゃないから大丈夫だと思うのですが、問題あればそのうち削除します。)







どような健康状態で全身麻酔を受けるのかが重要ですね。日頃から健康には気をつけましょう!

2017年5月7日日曜日

椎間板ヘルニア闘病記②:入院と内視鏡下ヘルニア摘出術(MED法)

こんにちは。Yskです。今回は引き続き闘病記を書きたいと思います。今回は手術編です。ではスタートー☆(第一回は→こちら

 入院初日。午前10時に入院した。とても見晴らしの良い病棟の最上階に連れて行かれた。本格入院は初めてだったので、どことなく緊張というよりワクワク感があった。一通りの院内の説明を受けた後は、とにかく暇である。一応多少なりとも暇つぶし?になった小さな事を書いておく。体温をこまめにチェックされ、血圧もチェックする。耳たぶを軽く傷つける止血検査も行った。すぐに止まって問題無し。全身麻酔で手術を受ける予定のため、深呼吸や術後の寝返りなどに関するビデオを見た。内容は面白くも興味深くもあるはずがなく、「はい」と言った感じだった。(しかし深呼吸のやり方に関する内容は後々重要であったと今では思っている。)

 二日目手術前日。6時とかに起こされて、体温と血圧測定の後は食事。その後また暇。することがないので、研究の事とかをひたすら考えている。事務的なメール処理もやった。昼前には麻酔科の問診を受ける。先生が着任してからの5年間、一度も重大な事故は発生していないとのことで安心した。一応、全身麻酔の危険性について多少なりとも説明されたが、二次的疾病の方がメインかと考えられ、どうすれば避けられるかを考えたので、これは後述する。そこで出会った人は、県外からの皆さん。方々から患者が集まる有名病院であることを改めて実感した。手術に向けて安心感が増したのは言うまでも無い。
 救われるのは、案外病院食が美味しいことだ。普通病院食と言うと、味がないとか野菜ばかりとか、そう言うのを想像してきたが、肉や魚もしっかりで、病院食としては満足であった。しかし、量は少なめ。そこで夕食後にこっそり買った(青森県では当たり前に有るという)シベリアという高カロリーのお菓子を食べて手術に向けての体力確保を図った。21時になるとアリスタット(胃液を抑える薬)を飲み、その後絶食となり、消灯就寝した。今日はよく寝なくては、と思い床に就く。意外にもすぐに眠れた。緊張感は全くない。これは看護師さん始めスタッフの方々が非常に優れものであるからだろうか。はたまたYskが変人だからだろうか。おそらくどちらも正解かと思われる。

 手術当日 朝6時に起床。すぐにアクアソリタを1時間かけて飲まされる。経口補水液である。まずい。最後の100mlでアクアソリタをもう一錠。その後絶飲食。この時点で7時。8時に術衣に着替えた。先生が来て点滴の管を入れる。何の薬剤を入れているのか忘れた。いよいよだが実感に乏しい。特に緊張感は無い。この後歯を磨いた。口の細菌が肺に入ると、術後肺炎が引き起こされる可能性があるからだ。915分くらいまで、友人と形態で連絡をとっていた。極めてリラックス。まだ全然実感無しだ。9:20手術室に歩いて移動。メガネは通常外して行くらしいが、手術室の中を見たいのではないかとの特別な?配慮をいただき、メガネをつけて行って良いと言われた。完全に変人扱いだ。たぶんそれもかなりだと思われているのだろう。手術室の中に入ると麻酔科の先生と看護師さんが出迎えてくれた。穏やかである。部屋が4つありますなどの端的な説明をしてくれた。少しばかり、高価そうな機械についても説明いただけた。やはり頭は手術の事はまったく考えておらず、そこで働く人の様子に見入っていた。会話をすることによって多少なりとも緊張をほぐそうとしているのだろうが、よりによって手術室の説明をするとは先生も内心苦笑いなのではないか。オペ室に入るとメガネを外してネットを頭に被る。脳波を図る機器や心電図の機器が取り付けられる。いよいよという感じ。本当に緊張は全くない。スムーズに準備が進み、麻酔科の先生が「じゃあ始めます」と。ひょっとすると素晴らしい病院なんじゃなかろうか。

 さて、ここからはライブだ。
麻酔科医「それでは薬を入れて行きます。最初は弱い薬ですので、だんだん瞼が重くなります。続いて強い薬を入れますと、完全に麻酔がかかると思います。」
Y「はい、よろしくお願いします。」
麻酔科医「では行きますねー。はい、入り始めました。どうですかー、瞼が重〜くなりますかー?」
Y「(お?もう少し?お?)あー来ましたね、重いです。笑(緊張感無し。とにかく興味深い。)」
麻酔科医「では強いの行きましょ〜う。」
Y「(来いやー!ちょっと抗ってやろうか。)はーい。おーー?!?!?!、、、、、、」
(声には出さなかったが、感覚がとても面白くて笑っていたと思う。とにかくニヤニヤしていたのは覚えている。が、次の瞬間は、、、)

執刀医?麻酔科医?「YskさんYskさん、お疲れ様でしたー。終わりましたよー。」
(私の意識が戻ると同時に気管に入っていたチューブが抜かれた。)
Y「?!?!?!はい。。」
執刀医「現在125分です。大丈夫ですか?」
Y「腰に痛み有りますね。(当たり前)でも大丈夫です。」
執刀医「呼吸は大丈夫ですか?」
Y「おそらく」
執刀医「では、戻りましょう」(この辺の記憶は多少あいまいで飛んでいる)

看護師さん「はい、戻りましたよー。現在1215分です。」
Y「はい、ありがとうございます」
と言ったつもりだが、声が出にくい。かなり渋めのハスキーボイスである。

 実際に行ったのは内視鏡的ヘルニア除去術。この予定でそのまま済んだとのこと。手術は全身麻酔の後に全裸にされてうつぶせにされ、それから切開が始まった模様だ。Yskは腰椎が一つ多いらしく、第五腰椎と第六腰椎の間のヘルニアを除去した。まず第五腰椎と第六腰椎の間を2センチほど切開する。そこに内視鏡を突っ込んで手術をする。皮膚の下にはすぐに骨があるはずだが(棘突起?)まずはそれを除かないと先に進めないので、その骨を多少なりとも削る。続く筋肉や靱帯(棘間靱帯とか?)を切開したり避けたりしながら奥に進む。骨付近に辿り着いたら黄色靱帯を切開して脊柱管まで行く、その次に見えるのは神経の束である(馬尾神経?ちょっと良くわかりません。ちなみに上の方だと脊髄だが、下の方では枝分かれしているので馬尾というのか?)。それを傷つけないようにしてヘルニアを取り除く。また、酷いヘルニアの場合、椎間板の外側の繊維輪の更に外にある後縦靱帯を突き破って出ていることがあるらしい。私の場合のヘルニアは、その膜は破っておらず、繊維輪から飛び出た随核が後縦靱帯で止まって骨髄の神経根(特に左足に伸びる神経を圧迫している状況だったとのことだ。外から見てみると、黄色靱帯を切った所で下からボコッとした突起が見られたとのこと。なお、自分は第六腰椎椎体の端が変形しており、それによる神経圧迫も疑われていたが、切開して中を見た結果、その可能性は低いとされ、骨の変形をどうにかする手術は必要無しとされた模様だ。それで、そのボコッとした突起を除く必要があったため、後縦靱帯の一部を切開して、そこの穴から飛び出した随核のヘルニアをつまみ出したとのことだ。内視鏡下だったため、かなりの低侵襲で出来た模様だ。なお、できる医師は今現在日本に20人ほどしかおらず、Yskのいる地方にはまったくいないのだが、PED法と言われる手術法だともっと小さな穴(8ミリ程度)で出来るとのこと。しかも局部麻酔も可能らしい。しかし、かなり高度な技術が必要で、目で見て見えないのだし、可動域も狭い中での手術のため、神経を傷つけるなどの危険性は上がるらしい。なので、今回はMED(内視鏡下)でオーケーとした。また、本当に安全第一で手術をする場合、旧来のLOVE法と言われる大きく切開する手術を選択することが勧められる。これは外科医が肉眼で確認しながらやるため、失敗は少ないようだ。しかし、侵襲がかなり大きく5cmくらいとなるため、術後の痛みは大きいらしい。歩けるようになるまでに、内視鏡以上の時間がかかるとのこと。1週間程度か?(詳しくは前回の投稿かそれ以上にGoogle先生に聞いて下さい。 ともあれ、そんな様子で手術は完了し、Yskの手術は終了した。。。らしい。。。
脊椎近辺の図:参考にどうぞ(Google先生より)

術後に先生と立ち話した時に書いてくれた図。もはや授業。実に楽しかった。笑



 実は、その後に本当の戦いが始まった。とにかく寝ているのが辛いのだ。どうしても体の置き所に困る。どう寝ていても腰や背中、首に痛みを感じる。更に困ったことに、左手に点滴、指にパルスオキシメーター、胸などに心電図、腕に血圧計、足にエアーマッサージャー、口に酸素マスク、大切な部分にカテーテル、とチューブ祭り状態なのだ。おそらくは術中に既に麻酔薬と同時に痛み止めが打たれているので、切開して骨を削った部分の鈍痛が主な痛みではある。しかし寝ているのが本当にとても苦痛なのだ。術前から手術の直後は自分で寝返りを打ってはいけないと言われており、寝返りを打ちたい時は看護師さんがやるとのことであった。とにかく不快で寝心地が最悪なので少なくとも30分に一回はお願いしていたと思う。看護師さんに「体の置き所に困りますよねー」って言われたのだが、これはまあ、「寝返り頼みすぎだろ」のサインと解釈した。控えますが。。。難しいです。ついでに、寝たきりの辛さ以上とも言える本当に不快な違和感が局部カテーテルだ。こちらも嫌で嫌で仕方ない。いつも出ている感じ。違和感、不快感しかない。なので、これを抜きたいと希望した。術後1時間経っているだろうか。。(本当にわがままだ。笑) すると看護師さんはなんとOKと。で、抜くのだが、こちらの方が手術より圧倒的に恐い。とにかく痛いと言われていたので。しかし、やらねば(なんだその義務感は笑)。で、お願いした。看護師さん「じゃあ行きますね。」Ysk「はい。」で抜かれる。痛い。さすがにぎゅーっと目をつむってしまった。手術の痛みとは完全に別物。意外とするするとは抜けず、外に向けて外圧がかかっている感じの太い管が現れた。そりゃ痛いわけだよ。こんな太いの普通入るか。しかし、抜けた。気分爽快とまでは行かないものの、安心感が出て来た。するともよおす。流石に歩けないので、容器をお願いする。しかし、気のせいだったのか、いざとなると出ない。あれ?と思って看護師さんに「すみません、勘違いでした」と伝えると、そう言ったことは抜いた後によくあるらしい。そうか、と言うことで、ここはとりあえずもう一度休むことにした。

 看護師さんに頼むのはダメと思いながらも、結局はその後も寝返りを何度もお願いした。痛みは確かにあったので(鈍痛)、途中で痛み止めの点滴をお願いした。ロピオン(フルルビプロフェン アキセチル)という鎮痛剤を点滴で入れてもらうと、随分と楽になった。Yskの体には一番効くと勝手に思っている鎮痛剤はボルタレンであるが、即効性を考えると座薬を処方すると言われた。つまり、看護師さんに入れてもらう事になるので全力回避した。ロピオンが効いて良かった。その後6時間から7時間おきにロピオンの点滴をお願いすることになる。翌日の朝まで続けた。15:30になると先生が術後の説明と経過観察に来て下さった。その時に「どうですか?」と聞かれたので、「寝てるのが一番辛いです」と伝えた。そしたら「起きますか?」とのこと。「えっ!?」と思い、嬉々となる。術後まだ3時間だ。痛いのは当然だが、とにかく寝ているのが辛い。なので起きます。横向きになってベッドの柵を利用して起きる。起きられた。案外余裕。嬉しい。

 先生「足はどうですか?外しますか?」本当に嬉しい。即答でお願いして外してもらった。意外とこの足のエアーマッサージャーが邪魔で眠れもしないのだ。うとうとして眠れるかな、と思ったくらいでシューーーーっと入って来て鬱陶しい。この段階で外れて良かった。ただし、これは自分が若いからだと解釈している。もっと老体になっていたら肺塞栓症の危険が高まるため、無理だろう。ともあれ、マッサージャーは外れた。先生「マスクは?」Ysk「え?いいんですか?」と言うことで酸素マスクも外した。ずいぶんと開放感がある。まだ術後3時間である。今考えれば何という我が儘!笑 しかし本能には勝てない。
ここまでやっていただいて先生はお帰りになった。その際にボソっと看護師さんに言っていた。
先生「これから内視鏡の人はこんな感じでいいかもしれません。これで行きますか。」看護師さん「いいかもしれませんね。」
Ysk(内心)「わがまま言ってごめんなさい。。。笑」
と言うことで、ある一定の基準を作ってしまったようだ。図らずも。。。なんか申し訳ない。と言うか、この基準で術後管理して問題が発生したらと思うと本当に申し訳ない期がする。。。是非とも慎重に判断してもらいたい。。。

 ともあれ、その後は極度の疲労感に襲われ、再度眠りにつくことにした。しかし、である。ここから問題が発生した。体が眠りに落ちようとすると、パルスオキシメーターがピーピー鳴りだして、息苦しくなる。逆か。寝落ちするくらいになると息苦しくなり、アラームが鳴るのか。いずれにせよ、その度にまどろみから覚める。なぜだろうと思い、スマホを取り出して調べる。低酸素血症の危険性だ。と言うか予防的措置だ。つまり、まだ呼吸器の機能が全身麻酔によって幾分麻痺しているのだ。働きが弱い。元々眠りに入ると呼吸は浅くなるようだが、麻酔の効果が残存しているため、呼吸能が低下している。結果として酸素が足りなくなり、息苦しくなる。オキシパルスメーターも警報を鳴らす。なので、看護師さんを呼んで酸素をつけてもらった。すると何と楽なことか。ここで酸素チューブの意味を初めて知る(アホ)。とにかく寝ていても息苦しくない。酸素ってスゲー。酸素ありがとう!酸素万歳!!笑


 と思って寝る。そして夕方に起こされる。飯だ。おかゆを食べるとのこと。全身麻酔をした人は吐き気をもよおして食べられない人がいるらしい。しかしそんなことはYskにはまったくの無縁であった。なにしろ前日夜から絶食だ。即座に全てをかき込んでまた横になった。その日はこれからひたすら寝るだけだった。寝返りも自分でやって良いと先生がおっしゃってくれたので、看護師さんの手をわずらわせることなく、自分でしょっちゅうやっていた。しかし、寝ると言っても一時間から二時間おきくらいに看護師さんが色々と経過観察をしに来てくれるので、(大変有り難いことだし、必要不可欠のことだが)熟睡というわけにもいかなかった。(無論看護師さんの献身的なご対応には本当に感謝している。)特に点滴は重要らしく、痛み止め、抗生剤、ブドウ糖液等の点滴剤を何度も交換しては輸液していた。ありがとう。しかし度重なる輸液のせいか、トイレがもの凄く近い。容器の交換を何度となく繰り返しお願いしてしまった。本当にすみません。これは個人差が大いにありそうだが、こんなんで看護師さんのお手を煩わせてばかりなら、ベッドの下にでも石油タンク並の大きなタンクを置いてくれれば、全て自分で処理できるのに、、、と心底思っていた。
 もう一つここで一つメモしておきたいのは、トイレ時の痛みである。特にカテーテル抜いた後の数回はとても痛い。粘膜が傷ついているからだろう。全身麻酔による負担を考える時に、そこの痛みのコントロールにも今後ぜひ気を使っていただきたいものだ。とは言っても、トイレの回数を重ねれば自然と痛みは緩和されたのだが。
 その他、頻繁に看護師さんが確認していたのは、切開した腰に繋がれた血液ドレーンの管から出る血液の量である。この出血量が減ってくるとこのドレーンを抜くらしい。初日は100mlくらいの血液が出たようだ。何のためにこのチューブを入れているかと言うと、切開した筋肉や皮膚から血液が出るのは当然として、それが傷口や筋肉の中で固まると、ヘルニアのようにそれが障害物となってまた神経を圧迫する可能性が高まるとのこと。それゆえ、その血液を外に排出するためにドレーンを挿入しているらしい。よく考えられたものだ。最終的にこの血液ドレーンは3日後に外された。(先生が不在だったので、普段よりはちょっと遅めだったらしいが。しかりしっかりと血液を抜くのだからその方が良いとも考えられる。)
 ともあれ、この様に多少の不自由を抱えながらもその日の夜は横になって寝返りを繰り返しながら翌朝を迎えた。

続きは次回。歩行・リハビリ編。
それでは。


Ysk

2017年5月5日金曜日

椎間板ヘルニア闘病記①:経緯・病状・診断と初期治療

 こんにちはー。Yskです。お久しぶりですねー。1年ぶりに書いています。 
現在Yskは椎間板ヘルニアを患っており、入院しています。研究者がこの時期に入院して研究をストップしなければならないのは痛恨の極み。笑しかし、これを期にそろそろ自分の体を労ろうと思います。ボロが出てきましたので。笑

 で、入院していると、本当に暇な時間がたっぷりです。飽きます。かったるいです。笑 ホントにリハビリ意外やることと言えば、患者さん同士の交流(おしゃべり)、看護師さんとの交流(おしゃべり)、リハビリ、くらい。笑 ええ、つまるところ、リハビリ以外やることないんです。笑 なので、暇潰しに、そして、今後だれかのためになるかもと思い、闘病記を書いてみることにしました。まずは第一弾です。少々硬めに書きましたが、特に腰に問題をお抱えの方は読んでくれれば嬉しく思います。ではスタートー♪

 一番始めに腰を痛めたのは中学の時だった。20年近く前のことである。体育の授業でバレーボールをして痛めた。運動が大好きだったYskはいつものように元気いっぱいで上手くできもしないスパイクをたたき込んだ。(勿論結果としても上手く出来るわけがない。)続いて着地した瞬間に動けなくなった。これが最初に腰を痛めた怪我である。その後で整形外科に出向き、レントゲンを撮った。異常なし。しかし痛い。そこで大学病院に出向いて、当時ではまだそれほど多く用いられることがなく、先端技術の一つであったMRIを撮った。これでも大きな以上は認められないとの事だった。筋肉の損傷か。当時は痛み止めを飲んだりすることなく、お決まりのようにシップを貼ったりマッサージを施したりして治療?し、コルセットを着けて生活を送った。結果3ヶ月程で痛みが随分と無くなり、部活にも復帰できるようになった。それで腰の痛みは忘れたようだ。それ以降、特に気にすることも無かった。時々、張ったなあ、とか鈍痛かなあっと言った感じ。運動などで酷使すれば当然感じる痛み程度であった。少なくともそう言う解釈をして20年やって来た。

 20年近く経った現在から半年ほど前、研究室の引っ越しが行われ、重機を運んだ際に再び鋭い痛みに襲われた。動けない程では無かったが、腰に力が入らず安静にしていた。一週間経っても痛みに変化が無いようだったので、近くの大きな病院に少し無理を言って診察してもらった。(偶然にも脊椎腰椎領域では有名病院であった。)あれから20年が経った近年では、MRIは当然とも言えるくらい一般化された機器となっており、久しぶりに撮った。結果、子どもが見てもおかしいと思えるくらいの突起物を椎間板付近に発見した。担当医の先生に診断をいただくまでもなく、腰椎椎間板ヘルニアであることは明らかだった。

 そこで保存療法をまずは選択した。痛み止めを定期的に飲み続けてヘルニアが自然に元に戻るのを期待するのだ。患者の中には自然と戻る幸運な人が少なからずいるらしい。「ヘルニアは切らずに治す」と豪語?するネット情報が出るのもそう言う理由だと解釈している。それを一応は期待したわけだが、痛み止めの薬としてはリリカとトラマールを処方された。副作用として、めまい等があるので出た場合はすぐに相談をとの事だった。3ヶ月か4ヶ月ほどそららの薬を試したが、結果的に何も変わらなかった。リリカの副作用よりも圧倒的にYskを悩ませたのがトラマールによる便秘である。先生には説明を受けていなかったが、どうもお通じの調子が悪いと思って調べた結果、トラマールの副作用であることがわかった。それもあり、4ヶ月で投薬は終了して他の方法を検討することにした。

 他の方法と言っても、提示された選択肢は2つであった。手術か痛みと上手く付き合うか。この時に、なぜブロック注射を提示されなかったのか、これは今から思えば疑問であった。ヘルニアMRI画像を見ての上で、効果無しとの判断だろうか。とにかく理由は不明である。熟慮という程もなく、Yskは手術を選択し、後日先生に伝え、手術が決定した。しかし、やりますと言ってすぐに出来るものではないらしく、手術が出来る位置にヘルニアがあるかどうか確かめるため、骨の状態も調べる必要があるとのことで、CTを撮った。結果、第六腰椎が変形して飛び出しており(Yskの腰椎は一つ多いらしい)、そこにヘルニアが覆い被さるように出ていることが判明した。なお、手術自体は可能であるとのことだった。

一口に椎間板ヘルニアの除去手術と言っても術法は色々あるようだ。代表的なのが最も古典的なLOVE。また、内視鏡(MED)や顕微鏡(MDマイクロLOVE)を使った手術。これはLOVE法の改良版と言える。最先端の手術法はPEDPELDとも)。他にも体を切らない手法でレーザー(PLDD)を使った術法もある。それぞれについて、多少なりとも簡単に説明しておきたい。(詳しくはGoogle先生に任せることとする。)

 LOVE法は最も古典的な方法であり、直接肉眼でヘルニアを目視して切除する最も確実と言われる方法である。つまり失敗が少ない。しかし、5cm程度と比較的大きく切開せねばならず、背骨に巻き付いている背筋をいったん剥がして傷つける領域も大きくなる。また、ヘルニアを除去するために腰椎を一部削る。そのため、確実ではあるものの、術後の痛みは大きい。

 MED法やMD法はYskの解釈ではあるが、進化形LOVE法で基本的に除去術の方法は同じである。ただし、古典的LOVE法よりも切開する幅が格段に小さいため、術後の痛みは旧来法よりも小さい傾向にあるという。Yskは古典的LOVE法を何とか避けたかったので、MED法をお願いし、実際その通りにやってもらった。
なお、整形外科医はMED法を、神経外科医はMD法を選択することが多いようだ。違いは顕微鏡を用いるか内視鏡を用いるかだけだと解釈しているが、間違いでないと思っている。

 PED法(PELD法)は最も最先端な技術で内視鏡や顕微鏡以上に傷口が小さくなる。それゆえ更に回復も早く痛みも少ない。ただし、日本全国でこの手術が行える医師はとても少なく、手術を希望しても1年待ちとかのようである。また、病院によっては保険が使えない場合もあるかもしれないとの事だった。すなわち、今現在これは現実的でない。調べる限りでもYskの住む県内ましてや地方を探しても、本法を行える医師はいなかった。ただし、Yskの担当医の先生もその存在と有効性についてはきちんと理解していた。今後これが主流になっていくと思われる。


 PLDD法のメリットは何と言っても体を切らずに済むことだろう。効果はいかばかりなのか、調べる限りでは正直サンプル数が少なくて判断できない。保険も適用外である。どうしても切りたくない人には試して見る価値のある術法かとは思う。

 これからの技術の進歩によって更なる簡易化、低侵襲化が期待できる。

と、ここまで勉強をした上でMED法をお願いした。ただし、MED法をやる準備をして切開した結果、骨の変形や神経の状態によっては通常のLOVE法に切り替える可能性もあるため、それをあらかじめ了承して欲しいと言われたので、頷く一手であった。ここまで来たら任せるしかない。
そんなこんなで、入院の日までを通常通り過ごした。

 以下は手術決断までの考察である。
 手術をするにあたり最も大切な事は、とにかく神経を傷つけないことである。それ故、今でも確実性を優先させて古典的LOVE法を選択する人も少なからずいる様だ。手術を避ける人もいる。実際、Yskが入院した病院でもザックリと切開している人が何人もいた。あれほど大きく切っても悶絶級の苦しみは無かったように見えたので、鎮痛剤など術後の痛みに対するケアが充実していることの証左であろう。なお、ヘルニアが出てからの期間が長い人は術後でも痛みが取り切れない人が多いと先生は言う。これはヘルニアの圧迫によって神経が傷ついてしまうからだと考えられるらしい。ヘルニア自体が除去できても傷ついた神経が回復するのには相当な時間と労力がかかるらしい。これが歳をとってからでは尚更であろう。様々な情報が流れてくる現代であるが、科学的に考えて見ればこの説明は当然で、本来そこに有るはずのない異物が常時グイグイと神経を圧迫しているのだから、いくら神経が膜で覆われているとは言え、多少なりとも余計な力が一点に加わり続けていることになるのだろう。水ですら石を削る。この説明は科学的に合理的である。つまり、「切らずに直したい」という患者の誰もが持つ望みと、早い段階でやってしまった方が術後回復の最大値が上がる、という考えを天秤にかける必要があるのだ。

 更に言うと、ここに東洋医学の針や鍼灸、整体やマッサージなどの東洋医学の考え方が入って来るともっと混乱を招きやすい。現状、患者本人が何を「信じる」かが、最終的な患者の治療方針を決めているとも言えよう。整形外科と整体院と針鍼灸とマッサージ全部通うって人もお年寄りには多いことだろう。それで一番良くなると感じる方法を選ぶ。これは間違いではない。体は正直そのものだ。(ただし、治癒と痛みの緩和が別物であることもしっかりと認識しておくべきである。)しかし、「なぜ」を初めから知っていれば、無駄な時間とお金を浪費することはない。東洋医学系に関する最大の不安要因は、痛みの原因に対する治療範囲がピンポイントでないことである。「え?そこ?」という事は日常茶飯事だ。しかし、「あ、いいかも」ともなる。マジックの様であるが、実際にそう言う人がいるのだから東洋医学専門医も自信を持つわけだ。ちなみにYskの場合は、効果を感じなかった。そこで「効果が出るまで一ヶ月程度、人によっては3ヶ月かかる人もいます。」との説明がよくあるのだが、ここがまた悩ませ所。そして時には「切らなくても治ります。」と断言もされる。あくまで個人的な意見であるが、これらの「結果に結びつく過程」に合理的な説明が求められていると思う。なぜなら、自然治癒との判別がつきにくいからだ。お金をかける必要があったのか、と後々小さな後悔を引きずる可能性が無いとは言えないだろう。

 今回椎間板ヘルニアを患ってから手術の決断をするまでのYskの思考回路をまとめると次の通りである。(他の原因不明の腰痛には適用すべきでない。)
 まずはやはり科学的・物理的な見解を知りに整形外科に行く。問題が明白であればそれが原因と判断する。痛み出して日が浅い場合は、保存療法を一定期間は期待する。それを飛ばしたい人、つまり切っても良いと思う人はあえて保存をする必要性は必ずしも無い。手術を選択する場合は、早い方が予後の回復が良い傾向にあると統計的に言えるからである。そして手術を行っても痛みが取れない場合などは、リハビリや東洋医学的施術が候補となる。
 一方、できるだけ切りたくない人は、もっと厄介な判断を下すこととなる。切りたくない人は、切らないで放置することによる神経損傷の進行に注意せねばならない。最終的に手術をするかも知れないのなら、時間と天秤にかける必要が常にある。神経損傷の度合いが増せば増すほど予後は期待できない。そして更に、東洋医学を先行して選ぶ場合、保険は適用外なので金銭的に余裕が必要である。しかし、何と言っても手術という身体を傷つける行為をせずに治せるかも知れない、というメリットはあるだろう。
 こう考えると、やはり科学的・医学的・物理学的思考をYskは優先する。その後に治りが良くなくて東洋医学を頼ることになっても、それに後悔はない。論理が自分にとっては大切なのだと思った。更に後になって東洋医学に頼っても治らない場合もあるだろう。その時に「手術をして体を傷つけてしまったから、思うように治らないんです。」と言われることもあると言う。これは完全に殺し文句であるが、ここまで一生懸命やったのだから「満足」だと思えればそれで良いと、諦めがついた。目の前にある原因から目を背けて逃げて長い迂回路を選ぶより、それに直接的にシンプルに対処する方が納得できる。そう考えて今回、Yskは早い段階での手術を選択したわけだ。

 先にも書いたが、今後更に科学と技術は間違いなく進歩する。近未来ではPED法が主流になるだろう。執刀医師によって異なるようだが、PED法は局所麻酔でやる所もあるようだ。もう少し時間が経てば、椎間板ヘルニアはPED法による局部麻酔手術によって日帰りで出来るようになると確信している。その時、おそらくは椎間板ヘルニアを東洋医学で治そうとする人は、激減することだろう。今後の技術の普及をおおいに期待しつつ、今回の投稿を終えることとする。

(ただし全てのヘルニアにPED法が適用可能とも行かないらしい。以下を参照)
(現実にはPED法とMED法の併用が続くだろう。しかし、技術の進歩と普及発展が期待できることには違いない。)

では。


Ysk