ちょっととばしすぎましたね、今週は。こちらに来て初めて午前様をやりました。
もちろん仕事のことですよ!
今週は疲れすぎて頭が働かず、ミーティングでは英語がまったく聞き取れず、自分が何を喋っているのかも解らない状態になってしまい、ボスからも怪訝な目で見られ、大恥をかき、落ち込みました。普段いかに頭を使って英語を喋っているのかを痛感しましたね。
今はぐーーーーーっすり寝たので大丈夫ですけど^^/
最近、日本人の私にとってものすごく驚きなのが、私のいるラボで一番のハードワーカーは女性だということです。2番目はもう一人の女性と別の男性と私のいずれかか。。。
で、そのタフガイ(彼女)が言うには、「やらないときは全然やらないけどねー。今はやる気がある時!」って言いますが、1週間トータルだと私よりもラボにいる時間が長いです、彼女は。。。日本では経験の無いことです。日本だと徹夜のハードワークとか体力勝負の研究とかだと、どうしても男の世界というイメージがありますが(女性軽視ではありません。)、彼女のタフさを隣で感じていると、自然と「すげーな・・・」と思ってしまいます。私のラボは一人で実験することを禁止されているのですが、私がまだ仕事がおわらずにいると、彼女は疲れているにも関わらず待っていてくれたりする、すーぱー親切な人です。そして私の貧相な英語にも丁寧に答えてくれたり教えてくれたりと。。。私以上にハードワークでしかも親切。。。おもいっきり日本人感覚ですが、最近は彼女に頭が上がりません。(笑 そんな親切な人におもいっきりヘルプされながら生活しているYskでございます(汗
さて、今日はすごく繊細なことを思い切って書いておこうかと思います。福島についてです。このFUKUSHIMAという単語、こちらで何度聞いたことか。昼食の際、飲みの際、普段の会話等々、何度聞かれ、何度自分の考えを述べ、何度彼らの意見を聞いたことか。(ちなみに諸外国人は意外とけっこうな原発好き。今の所、誰一人としてNoと言わないのが不思議。まぁ今回はそれはスルー。詳しく聞きたければコメントに書きますが。。。まぁおいといてと。)それもあいまって、遠くのこの地から日本の様子を見ていました。今日は私の見解と意見を述べておくことにします。こういうこと、あまり公に書くのはいかがな物か、とも思いますが、日本の若い人は政治に関心がなさすぎるとも感じるので、誰かしか読んでくれているはずだということで、勇気を持って意見表明しておこうと、心に決めました。
先日、yahooの投票で原発再稼働反対のデモに共感できるか否か、というものがありました。これをもとに、書いてみようと思います。
これです。
http://seiji.yahoo.co.jp/vote/result/201207160001/
さて、私の立場は、「 共感できない」です。意外だったのが、共感できない、どちらかと言うと共感できない、が55%もいたということです。日本の報道を見ていると、圧倒的に「共感できる」が多数かと思ったのですが。この現象は不思議でした。私は、時に、場合によってメディアを信用しない場合がありますが、今回のケースは驚きでした。ネットではデモは報道されないのはおかしい!!と怒っている人が大勢いましたが、その後は報道されるようになり、今では原発再稼働反対が世論の中心だと私が勘違いしていました。もちろん、今回のネット投票が本当の世論だとも、信用できませんが。。。
さて、私、「共感できない」に投票してしまいましたが、多くのコメントを読み、もっと整理が出来てきました。表現が変わります。「デモする人の気持ちはわかるが、再稼働は黙認する」です。「どちらかというと共感できない」になるのでしょうか。で、この「黙認」が重要です。決して原発推進ではない、ということです。代替エネルギーが本当の本当に原発に取って代われるだけのエネルギー資源になれば、原発は無くすべきだと思います。というか自然とそうなると思っています。しかし、今は無理でしょう。生活できているじゃないか、という人もいますが、それは違います。他の人も指摘しているように、火力発電によって化石燃料を大量に購入して大量に燃やし、二酸化炭素を散々出して電力を生み出しているのに加え、工場など、大電力消費者の生産コントロールや節電努力に大いによっているのです。化石燃料は国が莫大なお金を出して買っていることも事実でしょう。町工場などは仕事にならないような状況であることも忘れてはなりません。特に計画停電の時とか。このように、決して良いことばかりでは無いことが解るかと思います。二酸化炭素に関しては「京都議定書」という日本の環境問題に取り組む姿勢を象徴すべきもので、類い希に日本がイニシアティブを取った外交成果でもあるのです。これを「やーめた」っていうのも、いかがなものかと。無責任すぎます。また、これも多くの人が指摘していることですが、このままだと日本の経済が危機的に落ち込みかねないということも、再稼働を黙認する理由の一つです。日本の経済全体が壊滅的な打撃を受けた場合、震災被災地や原発被災地の復興のかなり遅れることになる、というのも再稼働を後押しする理由です。
更に、研究開発をしている自分から見ると、代替エネルギー開発って一般の皆さんが思っている程、甘くないよ、ということです。開発費はもちろん出すべきだと思いますが、だからと言って、10年後には理想のクリーンエネルギーが開発できる保証などはどこにもないのです。もちろん、最善の努力は尽くすべきですが、少なくとも「原発を止めよう→代替エネルギー開発を本気でやろう→今と同じ生活ができるようになるはずだ」というのは、「現段階では」絵空事に過ぎないということを認識しておくべきだと思います。資金を投入すればできる、という経済理論はある程度の効果をもたらしますが、多くの人がお金で科学問題を解決できると勘違いしていると感じています。
(例えば癌などだったら、その完全治癒法の開発の難しさが理解しやすいのではないでしょうか。癌も莫大な資金投入をしている研究開発テーマの1つですが、未だに根治はほど遠い状況です。)
私が思うに、本気で取り組んだとしても、20年はかかるだろうな、と思います。
もちろん、一般家庭に太陽光発電を、というのは10年もかからず出来るでしょう。しかし問題は産業なのです。工場です。これらを太陽光発電で動かすことは現段階ではどう考えても無理です。 工場とか無しの国でいいじゃんという人はあまりに安易で暴論を述べていると思いますよ。何せ、この国は「物づくり」で持っている国なんですから。電力が原発依存ならば、経済は物づくり依存なのです。物づくりができなくなったら、サービス業を主にする第3次産業は総崩れになるでしょう。それをもっと強く認識すべきだと思います。
反対デモを行っている著名人に物づくり関連の人がいなくてよかった、と正直思ってしまいます。というか、経済が落ち込んだら、まず切られるのが芸術と学術なのは他の国や歴史を見ても明白だし、そうなった時にそれでも研究開発に莫大な投資が出来るとはとうてい思えません、(まぁ音楽関係の著名人に対して、電気使うな、というのは的外れな気はしますが。。。しかし「たかが電気」という口車にあえて乗ったのなら、座布団一枚の切り返しではあるかと思います。。。が、これは完全に蛇足。でももう少し蛇足w 芸術に関してですが、芸術は経済の影響をもろに受けやすいものです。特にその産業に関しては。経済が本当に苦しくなると、真っ先に切られる対象であり(大阪のように)、庶民は芸術に対してお金を払わなくなります。芸術は経済も含めて「豊かさ」の象徴なのです。しかし、それでもほんの一握りの一級品は、経済には惑わされずにそれを超越して後世へと語り継がれます。そういう意味では、極めて優れた芸術は経済をも越える崇高な存在なのです。だからこそ、芸術関連の著名人には崇高な立場で意見を述べて欲しいと思っています。現在はちょっと崇高とは言えない場合が多いと思います。「たかが・・・」とか言っちゃう辺りが。。。また同様の事が学術にも言えると思います。はい、蛇足ここまで。)
さて、私の見解はこの辺にして。もう一つ意外だったのは、福島に住んでいる人の中でも意見が割れていることです。コメントを600件くらい読みましたが、福島や原発の近くに住んでいる人の中でも、原発がないと生活できない、とか、原発を止めても復興には繋がらない、という意見の人が無視できないくらい、というか結構いたことです。私は多くの福島の人が怒っている、と思っていたので。これは勘違いでした。
さて、このネット投票を詳しく読んで自分なりに解析してみた結果を書いてみようと思います。まず、共感できない派はおよそ55%、共感できる派が45%となっています。しかし、2700件近いコメントを見るともっと大きな差が見えます。「支持する」という表示でその支持率が高い順に並べてみると、圧倒的に「共感できない」のコメントが多いのです。支持率が高い順では最初の200件くらいは全て「共感できない」です。
間違って欲しくないのは、私はこの55%対45%が嘘の結果だ、と言いたいわけではないということです。
私は、このコメントの圧倒的な差は、理論と感情の差だと思います。再稼働に賛成する人は、理論派が主流だと見えます。逆に再稼働反対の人は感情が主流に見えます。その結果、理論武装したコメントの方が支持率が高いということではないかと。しかし、私、感情によって反対だ、ということが悪いことだとは思いません。仕方ない、というかある意味納得できると思います。嫌なものは嫌、怖い物は怖い、それはわがままではないと思います。本当に危険だと感じたなら、理論もへったくれも無いのが人間という物でしょう。しかし、それには個人差があります、全ての人がそう感じている訳ではないのも確かです。半分いないくらいかな、現状は。。。
更に、原発再稼働反対の人の中には、政府のプロセスに対する怒りを表現している人も多いです。これも感情です。許せん、のです。それから、最近の意見公聴会に対してヤラセだ、というのも。これも怒りの感情です。更に、未来の子供達へ、とか被災者の気持ちを考えて、などという意見も、これも感情論です。
総じて私には、この世論の対立は、アグレッシブな感情とある意味冷徹な理論の対立に見えるのです。
(明らかに原発とは関係無い政府批判、権力批判も「共感する」に入っています。これがいわゆる左翼というやつ?わかりませんが、とりあえずこれに関してはスルーで。)
そして、この議論を更に進める前に、共通に認識しておくべきことがあると思います。この決定によって、様々な影響を受けるそれぞれの立場の人のことをあらゆる面で考えることは勿論ですが、その上で地震、原発両被災者のことを最優先に考えたとき、どちらの選択も被災者のためになる一面と、そうでない一面を含んでいると言うことです。原発を停止、廃止すれば、被災者の心の傷を癒し、安心を与えることが出来るでしょう。稼働すれば、経済的支援がより可能になり、復興がよりスムーズに進むことでしょう。一方、どちらを選んでも、世の中では安心できる人と、安心できなくなる人がいます。経済と安全という意味においてです。原発稼働問題は二重の意味でパラドックスなのです。
ですから、被災者のために、とか、未来の子供のために、という表現はいささかおかしいと思います。それは正当化の手段として冠をかぶっているにすぎないのです。
やはり、この対立は、再稼働「すべき」という理論と再稼働は「いやだ」という感情論の対立なのだと思います。(もちろん、安全性や後処理の問題を鋭く突いている再稼働反対派の「理論」もあるのはわかっていますが、大別してということです。しかし、その理論の根底にも危ないよ、とか怖い、という気持ちがあるように思います。)
更に、この対立は、静と動の対立にも見えます。表立っては口を閉ざす再稼働黙認派(ネットでは口を開くが)と、ある種の感情を剥き出しにして行動を起こす再稼働反対派です。そこに良くも悪くもマスコミの影響が加わって、両者の溝がより深まっているように思います。黙認派は何も言えない雰囲気になり、反対派は行動の勢いを増しています。しかし、物理的な声の大きさが真実なのではなく、静かなる沈黙と情熱的な運動が極めて拮抗している状態なのです。この様な状況では、対案を示せという黙認派の理論も、反対派の人には届きません。なぜなら彼らは理論で動いていないからです。逆に、危ない、怖いという極めて人間らしい反対派の素直な感情も、黙認派の人には届かないのです。
反対派が「それなら賛成のデモをしろ」というのも無意味です。賛成派は静かに黙認することに意味があるのですから。動かざること山のごとし、です。ま、これにはメディアの影響がありますが。
ともあれ、両者は将に水と油。両者の訴えが融合することは極めて難しい状況でしょう。
この様な場合、解散総選挙、または国民投票が最も筋の通った政治プロセスだと思います。原発再稼働と消費税の問題は、国民が政治に関心を取り戻す絶好の機会でもあります。政治家の先生方、党内紛争や党間政局を考えている場合ではありません。今こそ政策と政治哲学で戦う時なのだと思います。
イギリスより、祖国への思いでした。
それではまた来週☆☆☆
PS そろそろオリンピックだねーーーーーーーーー!!!たのしみ!!!
ちゃっかりオリンピックのチケット手に入れています(笑 にひひ\(^o^)/
以下私が読んだ記事です。最後の記事は本当に崇高。思想は偉大だと痛感します。
http://seiji.yahoo.co.jp/close_up/1135/
原発問題についてのまとめ。ここにある記事は全て読みました。個人のブログも。デモ参加者の体験談も。池田さんの理論は鋭いけどちょっと行き過ぎな感じも。柄谷さんはちょっと原爆に固執しすぎか。小難しいことを言っていますが、ちょっと幼く見えてしまいます。モーリーさんの記事にはうなずける所が多い。鳩山さん、ちょっと手遅れ。痛々しい。等々。
http://blogos.com/article/42760/
橋下さんが容認に転じたその理由が大きな意味を持っているように思う。彼、今、大変だけど。。。足下は固めないと。。。
http://tomtittot.asablo.jp/blog/2012/03/25/6387162
ちょっと古いですが、各新聞の主張をまとめてくれている。これもほとんど読んだ。
知識として持っておいて良いと思います。
http://astand.asahi.com/magazine/wrscience/2012060700005.html?iref=webronza
うーん、まぁこれは読んだけど今回の話とはちょっと論点が違います、が、読んでおいてもいいと思います。
http://courrier.jp/blog/?p=11912
海外の記事についても。
http://wpb.shueisha.co.jp/2012/03/11/10233/
最後に。思想界のビッグレジェンド、見田宗介氏(東大名誉教授)の記事。将に崇高。哲学は経済を越える。・・・が、彼が言う天国を実現するためには、現実のエネルギー問題と食糧問題を解決しないと無理なのではないだろうか。。。フィクションの限界、現実の物理的な壁にぶつかっている・・・リアリティを求めている(これがデモ参加者と結びつく。)・・・等々、、、考えさせられること多し。さすが思想界のレジェンド。しかし、その「天国」とやらも、貧困や格差、エネルギー、食料というリアルな壁にぶち当たってしまうのではないだろうか。。。。エネルギー、食料、環境。。。。全て科学の力にかかっている。。。。と思う。。。。原発に興味なくても絶対に一読の価値あり。
以上