英国でポスドクをして大学教員になった若手研究者のブログ

ポスドクの研究留学日記的なブログ
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2012年6月10日日曜日

拝啓 敬愛なるベートーベン様

Guten tag、ベートーベンさん。来る6月2日、私はあなたが生まれた街、ドイツのボン(Bonn)にお邪魔して来ました。その昔から私はあなたのことがたまらなく好きでしたので、Bonnの空気を吸ったときには感無量でしたよ。Bonnに来て改めてもっとあなたのことが好きになりました。ここに手紙を書きます。

ベートーベンさん、あなたが生きていた頃は飛行機など想像も出来なかった時代かもしれません。現代はとても便利なものでイギリスのロンドンから1時間半でフランクフルトに到着してしまうのです。驚きでしょう?そしてフランクフルトから鉄道でBonnに向かいました。そう、あの頃から変わらないライン川の景色を眺めながら。あなたが生きていた頃に鉄道があったかはわかりません。木製の物だったらあったのでしょうか?今はフランクフルトから1時間半でボンに到着です。電車の中から見るライン川の景色は本当に素晴らしい眺めですね。あなたが亡くなった後、25年ほど後にあなたと同じドイツが故郷のロベルト・シューマンさんが「ライン」なる交響曲を作ったのですよ。知らなかったでしょう。 とても美しい曲です。そしてその曲のイメージとライン川の景色はよくマッチしていると感じました。私は音楽家ではありませんし、詳しい学者でもありません。ただただ、ベートーベンさんのことが好きなだけのファンですから、私の音楽的な感覚がそう感じさせただけですけどね。でも、ファンだと言われて嫌ではないでしょう?まぁそう難しい顔をなされずに。ま、私はそういう難しい顔をしたり怖い顔をしているベートーベンさんが好きですけどね。


ベートーベンさん、あなたが生きていた頃の神聖ローマ帝国の首都がどこだったのか、私は知りませんが、ボンは一度首都になったのですよ。あまり良い話ではないのですが。あなたが亡くなって120程後に大きな戦争がありました。ドイツは負けましてベルリンから東と西に分裂してしまったのです。ショックかもしれませんね。いつの時代も戦争は負の遺産を残してしまうものです。それで西側の首都がボンになったのです。奇遇というか何というか、ベートーベンさんも何て言ったらいいかわからないかも知れませんね。その後1990年に西と東が統一されるまで首都だったのですが、ドイツ人の心はどうやらベルリンにあったようです。今ではベルリンが首都です。


ボンには私の友人がいるのです。彼はボン大学の博士課程の学生でしてね、大学時代からの仲間なんです。私は彼が羨ましいですよ。だってあなたが生まれた街で暮らしているのですから!しかし、彼はあなたには興味ないみたいですが。ボン大学はあなたが生きている時にできた大学ですね。もちろんご存じですよね。あれから200年近く経ちますが、そのボン大学はヨーロッパでも有数の素晴らしい総合大学となっていますよ。しかし綺麗ですね、ボン大学は。ベートーベンさんはもはや建立時にはウィーンにいらしたと記憶していますが、きっとボン大学を見たことはないでしょうね。もったいない。晩年一度くらい帰って来ても良かったのにと思いますよ。

ドイツはビールが有名ですね。いつから有名なのか知りませんが。日本にもビールはあります。日本のビールも美味しいですが、ドイツのビールもまた格別ですね。驚きなのは、いわゆる地ビールという物がメジャーだということです。ボンはケルンに近いので、ケルシュというケルンのビールがメインで飲めるみたいですね。ケルシュ、美味しかったですよ。けっこうドライな感じなんですね。私は好きです、こういうの。日本の場合は大きな会社が作ったビールが日本全国に出回っていまして、地ビールの締める割合なんて微々たるものです。ドイツのビールは日本で言う地酒に近いのかもしれませんね。 しかし、ビールの産地、銘柄によって飲み方が違うのには驚きでしたね。ケルシュは割と小さなグラスで飲んで、ビットブルガーというビールはやや大きめのグラスで飲む。この違いは何なんでしょう。教えて欲しい物です。


さて、ボンには広場が2つほどありますね。きっと昔は一つの大きな広場だったのでしょう。今は真ん中に鉄道の駅ができたので、2つに分かれているんだと私は思っています。そちらの広場の片方にはあなたの像が建っています。すごく立派ですよ。あかの他人なのになぜか私は誇らしくなってしまいました。そしてその周りには立派で綺麗な教会がたくさんあるのですね。今私はイギリスに住んでいるのですが、イギリスの教会は厳かな感じがしますがドイツの教会はやや華やかなんですね。美しいです。フランスやイタリアほど煌びやかではありませんが。ドイツの雰囲気には良くマッチしていると思います。いや、逆ですか?このような教会がドイツの雰囲気を作っているのですか?うーん、どっちでしょう。


そして何と言ってもあなたの生まれた家。今は「ベートーベンハウス」として一般に公開されています。あなたはなんと小さな屋根裏部屋で生まれたのですか!あなたが生まれた3階の屋根裏部屋は、今は何とも殺風景にあなたの鏡像が置かれただけで、ある意味で厳格に保存されています。ぱっと見る限りでは何とも寂しい部屋ですが、私は心が躍りましたよ。ここがあなたの生まれた場所か!と。アパートの中は今では博物館になっています。もちろんベートーベンさんに関するものですよ。あなたの書いた手紙、あなたの使っていたハンカチや、補聴器、机、ペンなどが今も現存していて飾られています。一つ一つみる度にあなたのことを想像し、とても楽しい時間を過ごしました。隣にいた友人はいたって退屈そうでしたがね。

 しかしベートーベンさん、あなたには相当な数のファンがいたみたいですね。あなたはウィーンで亡くなられましたが、当時のウィーンの1/5の人口に当たる2万人が弔問に訪れたらしいではないですか!なんとまぁ、将に私の敬愛なる方です。その後もあなたのとりこになる人は大勢いました。仲には相当なお金持ちの人もいて、あなたが使った物のコレクションを持っている人がいまして、その人が寄付してくれたおかげで今の博物館があるのです。私の様な一ファンにとっては何とも嬉しい限りです。そう言えば、博物館にはあなたが弾いていたピアノが2台ありました。同じピアノでもずいぶんと音色が違いますね。あなたのお気に入りはどちらだったのですか?私は煌びやかな音がする方が好きでしたね。少し高音が耳に刺さるのですが。でも、あなたのピアノ曲だと澄んだ低音が出る方がきっと格好良く聞こえるんじゃないかな、と私は勝手ながら思います。館内が写真禁止でしたのでデジタルで保存することが出来ませんが、私の記憶にしっかりととどめておきますよ。
そしてあなたの遺髪まで保存されています。私にも1本分けてもらいたかったですよ。
アパートの1階は現在ピアノがおかれ、小さなホールになっています。小さなコンサートなども行われるようですよ。この博物館はあなたのファンによって支えられているのですが、特に著名な方は名誉会員とされています。あなたが亡くなった後、名だたる指揮者やピアニスト、バイオリニスト、チェリストが出生し、いくつもの功績を残しました。私は彼らも大好きなのですが、特にルドルフ・ゼルキンやクラウディオ・アラウ、ヘルベルト・フォン・カラヤン、などは好きです。ベートーベンさん、あなたは彼ら名誉会員の中で誰が一番お好みなのですか?今生きている人では、ニコラス・アーノンクールやアンドラーシュ・シフ、アルフレッド・ブレンデルもいます。私はルドルフ・ゼルキンです。あー、本当にあなたが一番好きなピアニストを知りたい、叶わぬ願いです。

さて、2日目は、ボンから少し遠出してケーニッヒヴィンターという街に行って来ましたよ。ここはライン川のほとりの街でとても綺麗な街ですね。丘の上には立派な城があってそこからの眺めもまた格別・・・なはず。あいにく私が訪れた時は雨でしてね、下に広がるライン川の流れをクリアーに見ることは出来なかったのです。残念。また必ず訪れます。ライン川沿いにはここのドラッヒェンブルクの城みたいな城がたくさんありますね。どれも美しく、全て訪れてみたくなりましたよ。中も素晴らしく保存されている城もありますしね。あなたはこの城からライン川を眺めましたか?きっと必ずまた行くと思います。


私が驚いたのはドイツはワインも有名だということです。ボンのように北部では白ワイン、ミュンヘンなどの南では赤ワインと聞きました。ええ、飲みましたが美味しいですね。イギリスワインよりも飲みやすいと感じました。実は私、ワインが苦手なのですが今回は悪酔いせずに飲めました。それから、ドイツと言えばフランクフルトというかソーセージというかホットドックというかウィンナーというか・・・よくわかりませんが、いわゆるソーセージを食べなければ!と思ったのですが、北部ではそれほど有名ではないようですね。南に行く機会に存分に味わおうと思います。ところでベートーベンさん、あなたはビール、赤ワイン、白ワインでどれがお好きなのですか?わたしはやはり、ビールですけどね。あなたと杯を共にした人が羨ましいですよ。これも叶わぬ願いです。

そらから、変な名前の道が多いですね。とても面白かったですよ。ブラームス通りやハイドン通り、バッハ通りにモーツァルト通り。もちろんあなたの通り、ベートーベン通りも。名だたる音楽家の名前を地図で見つけては歩いて来ましたよ。通りの名前とバス停の名前をひたすら写真撮っていたので、道を歩く人から変な目で見られてしまいましたがね。でも、いいんです。好きなものは好きなんですから。




先ほどのロベルト・シューマンさんと、彼の妻であり有名なピアニストでもあったクララ・シューマンさんのお墓に行って手を合わせて来ましたよ。安らかにお眠りになっていると勝手ながら思いました。あなたも今は、ウィーンの墓地に眠っておられるのですね。お隣に誰がお眠りか知っていますか?あなたを尊敬して止まなかったシューベルトさんと、あのモーツァルトさんですよ。あ、でもモーツァルトさんは本当はそこにいらっしゃらないんですけどね、そういうことになっています。そちらにもそのうちお邪魔しますね。どうぞ安らかにお眠り下さい。



長くなりました。まだ書きたいことはあるのですが、この辺でやめておこうと思います。今まで私はあなたの言葉、「苦悩を貫き歓喜に至れ」を心の宝にしてきたのですが、今回一つ増えました。あなたの遺書。かの有名な。ハイリゲンシュタッドの一節です。(有名なんですよ、この遺書。)

(前 略)耳が聞こえない悲しみを2倍にも味わわされながら自分が入っていきたい世界から押し戻されることがどんなに辛いものであったろうか。(中略)そのよう な経験を繰り返すうちに私は殆ど将来に対する希望を失ってしまい自ら命を絶とうとするばかりのこともあった。そのような死から私を引き止めたのはただ芸術 である。私は自分が果たすべきだと感じている総てのことを成し遂げないうちにこの世を去ってゆくことはできないのだ。
やはりあなたは格好いい。本当に格好いい。しっかりと心にとどめておきます。

Bis Bald,

Ysk 

2012年5月7日月曜日

無名田舎町 Witney

こんにちは。今日は日曜日です。初めてだらだら過ごしています。るるる〜( ̄▽ ̄)
今日は久しぶりに日差しが入って気持ちよい日曜日ですね〜

現在、私はOxfordの北西の隣町のWitney(ウィットニー)という所に住んでいます。正確にはWitneyの少し手前のど田舎ですけど。先にこっちに来た友人がそこに住んでいるからです。家が決まるまでそこに泊めてもらっています。そろそろ家は決まりそうですけどね。
Oxfordまでは友達は車で通っていて、僕は時間が合えば同乗するかバスで行くかです。朝は渋滞がすごくて1時間かかりますね。Oxfordまで。空いてれば20分くらいなんですけど。

それでですね。その友人宅が何ともまたすごいんです!!完全に一軒家を借りてるんですけど、彼は。上の写真の通り。すごいでしょ??やるなーって思いました。これ、庭から撮ってるんですけど、庭も相当広いですよ。これで約1300£(現在のレートで17万円!!)です。でもこれでこの値段だったら良いと思いますけどね♪
毎朝この庭には野ウサギが草を食べに来て、昨日も書いたブラックバードのさえずりで目を覚まします。正直、夜明け前に鳴き始めるのでうるさく感じる時もありますが(笑

ここの自然はすごいですよ。回りは農家ばかり。牧草を育てていて、そこで牛とか馬とかを放牧しているみたいです。とにかくだだっ広い!
いわゆるお隣さん?遠い・・・

もう少し町中に入ると(車で5分、徒歩20分)完全にWitneyの街です。こういう田舎町は本当にイギリス人の街です。田舎町には仕事が少ないせいか、外国人もぜんぜんいませんね。日本人通り越してアジア人でも僕と友人だけでした、歩いているのは。
Witneyで、こっちで生活して初めてパブにいったのですが、そこもイギリス人ばっかり。ある意味LondonとかOxfordではここまで純粋なイギリス空間は無いかもしれませんね。
やっぱり飲み屋に美人はつきもの?(笑)

パブっていわゆる飲み屋なんですけど、すごい賑わいです。土曜日で次の日休みっていうのもあるかもですけど。で、何してるかっていうと、みんなサッカー見てるんです。ちなみにサッカーは1番、飲み2番(笑 僕が行った日はちょうどチェルシーVSリヴァプールだったんですけど、ゴールが入った瞬間・・・
「イェー!!!!!!!!!!」
とみんな大絶叫なんです(笑 これには本当に驚きました(^^) びっくりして危うくビールを肺に入れそうになりましたよ^^; スタジアムならまだしも、パブですよ?どんだけクレイジーなんだろうwww とにかく凄い賑わいです。
で、サッカーが終わると・・・
っとまあ人が全然いなくなるんですよ(笑 ついさっきまで満員だったんですよ、ここ(笑
ホントにサッカー1番、酒2番です☆

さて、イギリスの街には必ずと言って良いほど中心に教会があります。どの街もその教会を中心としているみたいですね。キリスト教の国ですから。Witneyの教会を載せておきます。

そろそろ家も決まりそうで、短い間でしたがWitneyともお別れです。でもまた来ると思います。すごく良い街です。純粋イギリスを堪能するなら、LondnやOxfordじゃダメです!!ここです。無名の田舎町ですv^^v You understand??

美しい緑と青い空そして白い雲

See you again☆

2012年5月6日日曜日

イギリス生活始めました。

Oxfordに来て5日がたちます。イギリスの生活にもだいぶ慣れて・・・・来てません(笑
実は災難がありましてとてもあたふたしていました。
 
(写真はボードリアン図書館前から:休日なので学生が少ないです)

FBにも書いたのですが、ロンドンのHeathrow空港からOxfordに来るバスの中でサイフを紛失するというどあほうをやってしまいまして、最悪なスタートを切ったわけです>< 渡英前、もつ焼き屋にパスポートを忘れた「もつ焼きパスポート事件」の時よりも、 はるかに心配でしたね。^^; なんせイギリスですから。今回ばかりは自分ではどうしようもない・・・という結論に至ったので、非常に迷惑千万だとは思いましたが、こちらに15年住んでいる旧友に助けを求めました。ええ、つまり私の英語力じゃどうしようもないと思ったわけです。情けなかったですねー。でも仕方ありません、私の実力なんてこんな物です(笑

結局無事に発見できたので本当に良かったですね。これ以上の最悪は無いっていう物を最初に経験してしまったので、ま、これで多少勇気がわいたっていうのは、わずかながらに良かったことです^^; 「オックスフォード財布事件」もまた、私の記憶にずっと残るでしょう。

一応、これを読んでくれている人のために、海外で財布を落とした時にやったことを列挙しておきますね。(普通の人なら完全にいらぬ情報ですが。。。)
① クレジットカード会社に連絡する。ええ、止めるためです。しかし、私の持っているセゾンカードは3日だけブロックという形で再発行しなくても良いという特別措置をしてくれました。おかげで見つかった時に電話したので、再発行のために日本に帰る必要は無くなったわけです。(でも、再発行は家族など代理人が受け取っても良いらしいので、それを郵送すれば本人が帰国しなくてもOKな様ですが。でもクレジットカードを海外郵送っていうのも怖いですよね。。。届かなかったりとか。。。)
一方楽天カードはそういう措置ができませんでした。つまり止めるしかない、と言われました。その時に不正に使った形跡の有無を確認出来て、不正使用の形跡は無かったので今回は止めずに我慢しました。(非常に危険な賭けでした。でも来てソッコーで帰国という何とも無様なことは避けたかったので。そして、バスにあるはずっていう確信もあったので。そして、バスに乗っていた人や運転手を信じて祈りました。)

続いて②。キャッシュカード会社に連絡。私はUFJとCitiのキャッシュカードを持っていました。UFJは連絡していません。使えないからです。日本人が拾った場合は別ですが。。。でも日本人が拾うなんてことはまず考えられないし、仮に日本人が拾ってくれたら大使館とか警察に届けてくれる可能性が高いと判断しました。Citiはこっちでも使えるので危険です。しかし幸運?なことに、口座には1円も入っていませんでしたので、正直どうでも良かったのですが。(Citiに確認しましたが、当然、預金口座が0の場合は引き出せないとのことでした。)Citiも一時的に使用不可にするブロックという手続きをしてくれたので、ブロックして後日電話して解除してもらいました。(ちなみにCitiカードも日本に帰国しなくても、再発行できて、しかも海外の住所に直接送ってくれるみたいです。その場合はCitiのHPから住所変更の紙をダウンロードして、住所変更してから再発行という形になりますが。)

ちなみに、①②とも持っていった国際携帯電話でかけました。mobellという会社ので、世界中どこでもつながるので便利ですよ。でも携帯自体は非常にお粗末な仕様で、使いにくいです(ちなみにNokia)。電話番号は持っていったPCで検索しました。友達の家でWiFiが使えたので良かったです。ちなみにイギリスは長距離バスの中やカフェなどでけっこうWiFiが使えるので、iPadやPC、スマホを使う場合は便利です。WiFi使えなかったらカード会社にも連絡できないし、大変だったと思います。

③免許証 日本の免許証は正直、外国人が外国で持っていてもまったく意味ないですけど、偽造に使われることが心配でしたね。あ、それから国際免許証を持っていても日本の免許証が無いと車に乗れない国があるようです。イギリスはどうなのか知らないですけど。たぶん、国際免許証だけでOKだったと思います。今回は賭に出て何もしませんでした。もし見つからなかった場合は間違いなく帰国でしたね。免許証だけは本人じゃないと無理ですから。

以上ですが、国際免許証やパスポートは財布じゃなくて鞄に入れていたので大丈夫でした。現金も30£くらいしか入れてなかったので全額没収されても4500円くらいだったのでそれも賭に出た理由でした。盗むのは現金だけにしてくれー、と願ったわけです。
でも、当然ですが、海外で財布を落とすなんていうおバカなことは絶対にしちゃいけませんよ。とんでもなく焦ることは間違いないです。なんせ、現金が引き出せないんですから。

今日はイギリスに来て初めての土曜日です。どうやら研究室は土曜日はOFFな感じです。ほとんどの人が休みか、午前中で帰るか、昼過ぎに来て夕方に帰るかって感じです。一人だけポスドクでがっつりやってる人がいましたけど。ま、でも普通の人は休むときは休むという文化なんですね。闇雲に働かないみたいです。Hard Work!!とか言っていましたけど。。。日本よりはずいぶんましですかね。私の感想としては。
 (繁華街のCornmarket St.;観光客や買い物をするOxford市内の人でいっぱいです)


現在はOxfrdから北西に45分くらい行ったWitneyという街の手前のど田舎に住んでいます。私より少し先に来た友人がそこに住んでいるのでそこに泊めてもらっているのです♪Witneyは凄く良い所ですね。 朝は野ウサギが庭に来て草を食べています。ブラックバードといういわゆるカラスみたいな鳥もたくさんいますが、鳴き声はすごく良いです。日本のカラスみたいに醜い声では鳴きません。うぐいすみたいな声で鳴くんですよ。朝からそんな声聞いて目覚めるとなかなか気分は良いです☆

 (Witneyに向かうバスの中から;晴れてればもっとキレイなんだけど・・・晴れないw)

今は一生懸命家を探しているところです。私ごときの英語力なので、それはもう・・・、もう大変です>< 家が決まったらまたここに書こうと思います。

それではv^^v

2012年4月24日火曜日

故郷にて思う Oxfordの第一印象

現在東京から帰郷して生まれ故郷で過ごしています。隣で親父が嬉しそうに話していて(聞き流しw)、先ほどまで隣では母親が幸せそうにぐうぐう寝ていました。いや、実家とはよきものです。

今日はイギリスでもOxfordの第一印象について書いておこうかと思います。
たぶんこれから変化していくのでしょうが、まず第一に感じたことを記録しておきます。

Oxfordには前にも書いたように2月に行ったのですが、イギリスに珍しく冬にもかかわらず晴れていた。到着して一言。重厚。そう、重くて分厚い。もちろん美しくもあります。
イギリスの建築物の美しさは空の青とマッチすることだと感じていますが、Oxfordも同様です。むしろ、1000年も昔からその風景を築いてきたのですから、それがいわゆる本来なんでしょう。
ロンドンもそうだけど、建築物のベージュ、茶色、芝生の鮮やかな緑、空の青、そしてバスの赤。これらが絶妙にマッチするのが本当に美しい。

Oxfordは小さな町です。中心部だけなら1時間半で歩けると思います。小さな町ですが、意外ににぎやか。寂しさとは無縁のようです。パブもあるしショップも充実していそうです。

ロンドンと変わらないじゃん、と思うかも知れませんが、違うところはというと。

まず時間の感じ方。これは個人差がだいぶあると思いますが、ゆーっくりですね。特にOxfordは。
なんだろう。せかされてない感じ。忙しさっていうのを感じることが非常に少ない町です。1000年も前の風景がそのまんま残ってるって思うからでしょうか。それとも本当にそれがみんなをそう思わせるのでしょうか。
現在のボスが「何百年って積み上げられたこの歴史の中で、自分っていうのはちっぽけな存在なんだなーって思うよ。いい意味で。」
と言っていましたが、それが何となくわかる気がします。

完全に趣味の範囲内で言えば「バロックが自然と似合う町」ですね。
私はクラシックが好きなのでそう例えますが、本当にそう感じます。
いつてもバッハが流れていそうな雰囲気です。もちろん、私の頭の中には流れていました。
ボードリアン図書館のショップに入ると、もはや当たり前のようにチェンバロが流れているし、そういう町全体の雰囲気が、私にそう感じさせるんでしょうね。

率直に言って、好きです。なんか地味に憂鬱になりそうな雰囲気も含めて。


人ですけど、ここでは白人が多いです。黒人はほとんどいませんし、インド系の人はスーパーのレジの人ばかり。アジア系もすごく少ないですね。ロンドンとは大違いです。こういう学術都市は、ある意味まだ閉鎖的なのかもしれません。
びっくりしたのはパブ。ロンドンのパブでは見なかったのですが。ラテン系の若い男女が真昼間からいちゃついてるところ(笑 これはびっくりでしたね。なんと色っぽいこと(笑 日本人としては凝視できませんでしたね。これが当たり前じゃないと信じていますが。さすがラテン系!!

そろそろ出国日が近づいてきましたが、住んだら住んだでまた印象が変わるでしょう。
楽しみです。残念ながら今、写真を載せることができないのですが、そのうち修正して写真も載せようと思います。

さて、寝ますか。おやすみ。

2012年4月20日金曜日

悲しみの果て

9年間過ごした大学とも明日でお別れです。
考えてみれば人生の1/3をこの大学で過ごしたんですね。早かった。

けらけら笑ってさらっと去りたいというのが理想なのですが、どうも湿っぽい性格で哀愁が漂ってしまいます。特に6年過ごした研究室の仲間と別れると思うとね。
研究室でのことも学部時代のことも含めて、嬉しいことや楽しいこともたくさんあったし、辛くて苦しい時もたくさんあった。悲しかったり悔しかったりっていうのもたくさんありましたね。中身の濃い時間だったと思います。出会った人にも恵まれたと思います。考えてみれば、本当に色んな人に支えられた9年間だったと思うんだな。
そしてそこから出て行くというのが、なんとなく寂しい気持ちになるのです。そんななんとなく寂しい夜にいつも頭に流れる曲がある。別に「悲しい」わけじゃないんだけどね。歌詞の中のワンフレーズがめちゃめちゃ好きなんです。今日はこれを書いておきます。

「悲しみの果て」

悲しみの果てに
何があるかなんて
俺は知らない
見たこともない
ただ あなたの顔が
浮かんで消えるだろう

涙のあとには
笑いがあるはずさ
誰かが言ってた
本当なんだろう
いつもの俺を
笑っちまうんだろう Oh yeah…

部屋を飾ろう
コーヒーを飲もう
花を飾ってくれよ
いつもの部屋に

悲しみの果てに
何があるかなんて…oh yeah
悲しみの果ては
素晴らしい日々を
送っていこうぜ oh Baby!
Ah…

悲しみの果ては
素晴らしい日々を
送っていこうぜ oh yeah…

2012年4月3日火曜日

イギリスの第一印象 ロンドンの町並み編

実は2月末に一週間ほど「挨拶」と称してイギリスに一人旅に行って来た。
ロンドンと言えば「世界の冠たる大英帝国」の首都!!
さぞかし賑やかやろ〜( ̄▽ ̄)
と思っていたのですが、ちょっと違ったので書いておこうかなと。

まずヒースローはデカイですね。

だだっ広い感じ。そして仕事が遅い・・・(♯ーー)
僕らの便の人しかいなかったのに1時間余裕で並んだからね。。。
でも、さすが紳士淑女の国というか、赤子がいるお母さんは列から呼び出して優先的に入国手続きを行っていた。さすが☆
そしてそこにノコノコついて行ってしまう、私のようなジェントルマンらしからぬ人はソッコーで「NO!!!!!」ということで、また列に並ばされるんですけどね(汗
ちなみに日本のJALやANAのロンドン行きの便はTerminal 3に着くみたいですね。
確か、Terminal 5がBA専用だった気が・・・ま、いらぬ情報です。


ヒースローからは地下鉄ピカデリーlineでロンドン市内に移動。40分くらいかかったか。。。けっこう遠いんだよな。でも地下鉄が一番安いです。5ポンドくらい。

さて、ロンドンの街ですが。
質素だと思うんですよねー。街全体の色遣いが。全体的にベージュ。ギラギラしたライトアップは目立ってありません。それなんで、逆にデパートのショーウィンドウの明かりとか、コーチ(バス)の真っ赤な色とかが目立つんですよね。そして空の青が映える!!
この街の感じ、僕は気に入りましたね。
写真は残念ながら晴れていないので、空の美しさが感じられないのですが、晴れるとキレイですね〜(^^)
ほら、赤のコーチがなんか良い感じでしょ??☆

なんかとりあえずThe大都市!って感じを想像していたので、わいわいがやがやの賑やかな感じを妄想していたのですが、どちらかと言うと質素かなーっと。
人は多いので寂しい感じはしないのですが、街全体にハデハデ感というか煌びやかさが少ないというか。これが何となく落ち着きを与えてくれるんです。僕にとってはですが。

人は様々です。イギリス人だな!っていう人が意外と少ないです。インド系かラテン系、黒人系の人がとてつもなく多いんですよ。特に中心部。アジア系は少ないかな。どうやら現地に住む人に聞くと、イギリス人はロンドン中心部じゃなくて郊外の高級マンションとかに住むらしいですね。どうりで中心部にいないわけだ。
こんなんですから、VISAが厳しいわけだ。納得ですね。

それから意外だったのが、交通ルールを守らないところ(笑
ルールにうるさいイギリスっていう妄想をしていたので、余裕で赤信号で渡る人がいるのには驚きでしたね。ま、日本でも大阪とかは多いですけど、東京じゃそんなに見ません。
イギリスは多いですよ。ちゃーって走って渡ります(笑
私はというと・・・まぁ。。ねw f(;^^)
それから自転車は必ず車道!これは完璧でしたね。もちろんヘルメット着用。
日本もいずれそうなるのかねー。

今回はおおざっぱな町並みについて書きましたが、これがいざ住んでみてどう変わるのか、楽しみですね〜(^^)v

2012年3月12日月曜日

どっぷりとした休日(S・Jobsと共に)

日本で休日を過ごすのもわずかになってきました。
ここ数日はVISAの申請の事で頭がいっぱいです・・・スーパーめんどくさい!!!!
せめてガイダンス資料くらい日本語にしてくれ。。。
これ代行業者とかいたら絶対もうかるよ。。。ま、良い経験です。
そのうちVISAの取り方についてもまとめますね。

と、焦っている様ですが、今日は完全にだらけてましたね。「ざ・休日」です。
久しぶりに本を読もうと思って読書しました。ジョブズの自伝。今日はⅠのみです。
好きなんですよね。スティーブ・ジョブズ。あまり経営者ってお金にまみれてる感じで好きじゃないんですが、彼は本当に好きです。尊敬できるところが多いし、僕の理想をことごとくやっている感じがするんです。そう、前回書いたところの理系の復権みたいな。
だって、自分で作ってそれを自分で売って、会社も経営して。作る技術者をアーティストと読んで、誇りを持たせ、素晴らしい製品を作らせる。投資した人より作った人が偉いと主張する姿勢。大好きです。マッキントッシュの箱の中には技術者のサインが刻印されているみたいだけど、今でもmacの製品はそうなんだろうか。。。
こういうアーティストという感覚が、とてつもなく好きです。

ここでは、2巻のうち前半を読んで心に残った言葉を挙げておきます。

優れた芸術家はまねる、偉大な芸術家は盗む」(ピカソの言葉ですが)
これは僕のChemistryの世界でも言えること。

人文科学と技術の交差点で生きるのが好きなんだ
これ、大好き!自分もどっかの交差点で仕事したいと強く思わせてくれます。彼は。

洗練を突き詰めると簡潔になる」(ダ・ビンチの言葉)
なるほど。これ、Total synthesisにも言えます。だから偉大な人の合成はエレガントなんだな。近代モダニズム建築のル・コルビジェとか、ミース・ファン・デル・ローエとかが「less is more」とか言ってるのと同じかな。

未来を予測する最良の方法は、自分で作り上げることだ
そのとーり。しかし難しい。

着想と創造の間には闇がある
Total synthesisもスキームと合成の間には闇がありますね。やった人は偉いんですね。そのためにとんでもない努力も必要なんだ。

アーティストは作品にサインを入れるんだ
僕も一科学者としてだけど、アーティストでいたい。Total synthesisのペーパーとか、実験項のNMRチャートにサイン入れてもいーんじゃね?(笑

出荷するのが真のアーティストだ
はい。Total synthesisするのが真のアーティスト(サイエンティスト、ケミスト)だ。

すばらしい収穫は粗末な物から生まれる。喜びは我慢から生まれる
まったくそのとーり。じっくり取り組めない人には、本当の歓喜はわからないままだ。

無限の彼方へ さあ行くぞ!
(笑 そりゃ、ジョブズの現実歪曲フィールドで言われたら、本気になっちゃうな。


以上です。D論終わって「The 休日」を取ることが多くなったけど、ゆとりっていいですね。

今日はウイスキー片手に書いた日記でした。

P.S. あれから1年がたちます。亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。
  また、被災された方々のご心痛をお察し申し上げます。

「悲しみの果ては 素晴らしい日々を送って行こうぜ」