英国でポスドクをして大学教員になった若手研究者のブログ

ポスドクの研究留学日記的なブログ

2012年11月27日火曜日

ヨウ化サマリウム(II)の調製

今回はすごく狭い話です。すみません、ほとんんどの人が全然わからない話だと思います。が、自分や同業の方には有益なのかな、と思って書きます。

さて、ヨウ化サマリウム(II)。有機合成においては有用な一電子還元剤です。
この時点で先を読もうと思ってくれる人は既に知識充分な人が99%でしょう。なので、basicな話は飛ばします。

今週はほとんどの時間をこの試薬の調製に費やしてしまいました。いやー、イライラした1週間でした(^^;)
ご存じのように、この試薬、非常に死にやすいですよね。日本でも売ってるボトル、一回使って1週間もしないうちに変色して使えなくなるってこと、希ではありません。もちろん、使用方法に充分な注意を払えば長持ちさせることも可能ですが。ま、いずれにせよ操作が煩わしい試薬です。

試薬調製が成功したか失敗か、または試薬が生きているか死んでいるかの判別は非常に簡単。濃いダークブルーならOK、緑や黄色、茶色なら駄目って感じですね。もう業界の人には当たり前すぎて申し訳ない話ですが。。。

で、そのSamarium iodide(II)、作るのが難しいですよね。作りにくく、死にやすい。そんな最低な試薬(笑。でも、有用です。これまでにSamarium iodide(II)作りに挑戦しては失敗した人が大勢いると思います。調整法は大まかにSamarium metalとヨウ素を作用させるものか、ヨウ素の代わりに1,2-diiodoethaneやiodoform、diiodomethane,を作用させる方法があります。

で、どれでやるのが良いのか。私はSmの専門家ではないので、これ!と決定打を打つことはできませんので、参考文献を探します。そうすると今年JOCに発表されたProcterの論文が見つかります。Procterと言えば、Dr. Samarium。彼のSmI2を用いた合成は非常に有名です。で、これを読む訳です。ヨウ化サマリウムの調製についての総合論文です。

Preparation of Samarium(II) Iodide: Quantitative Evaluation of the Effect of Water, Oxygen, and Peroxide Content, Preparative Methods, and the Activation of Samarium Metal

 Michal Szostak, Malcolm Spain, and David J. Procter*
J. Org. Chem., 2012, 77 (7), pp 3049–3059
DOI: 10.1021/jo300135v
 http://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/jo300135v?prevSearch=SmI2&searchHistoryKey=

この論文の内容については、後輩がブログに書いてくれています。っていうか先に書かれた感がある。。。(笑
それを参考にしてくれればと思います。(その他の情報も面白いものがあります。)

http://solanoeclepin.blog99.fc2.com/blog-entry-133.html

Procterの論文を読むに、要約するとTHF中の水や酸素や過酸化物はSamarium iodide(II)の調製にはほとんど影響しないとのこと。(もちろん多少は影響するので、含有している量にもよるが。。。更にヨウ素剤にもよるが。。。)で、駄目な場合の多くはSm自体に問題があるとのこと。で、ダメな''inactive Samarium''を使う場合は、アルゴン雰囲気下で24時間攪拌してから使用すればOKとのこと。まぁ酸化されたり他の要因でダメになった表面を削って新鮮な活性部分を剥き出しにするんでしょう。ということで、早速やってみます。

まずは1回目。ラボ内にあるSmを使用。どれがactiveなSmでどれが''inactive''なSmなのかの判定が難しいため、とりあえずinactiveなSmだと思って、24時間アルゴン雰囲気下で攪拌。その後試しに、蒸留していないTHFを使ってみた。(論文では蒸留THFなのですが、まぁ試しに。)Sm金属に活性アルミナカラムを通した、ドライな(私は蒸留THFの方が好きですが。。。)THFを加える。その次にヨウ素のTHF溶液を加えて攪拌し、60°Cに加熱して18h。
 
で、、、結果は・・・・撃沈www・・・・orz
やっぱダメか。。。

(ちなに、このカラムを通したTHF、水が除かれるのは解るのですが、過酸化物はどうなんでしょう。。。そして酸素も除かれているものとして良いのでしょうか。。。うちのラボでは皆さん、このカラムを通したTHFにモレキュラーシーブスを入れるのがベストだ!って言っていますが、私はどうも納得出来ていません。脱水に関する論文もありますよね。ま、これはそれた話です。)

次はとりあえず、また24hアルゴン雰囲気下で攪拌して、今回はNa/ベンゾフェノンから蒸留したfreshなTHFを使用。(これをやってベンゾフェノンケチルの青いヤツを作るだけで、喜んで覗きに来てくれる人がいるんだから楽しいものです^^。最近はそんな彼らにかわいげを感じてしまいます。)で、ヨウ素を加えて、加温して、18h攪拌。
次の日・・・・だめだーーーー( ̄□ ̄;)

で、3回目。ちょっとDr. Samarium iodideのProcterを信じられなくなってきました。やっぱり、酸素に対して敏感なんじゃないかと。。。で、今回は厳密に密封してアルゴン雰囲気下でSmを攪拌し、完全に脱酸素、脱水、脱過酸化物したと信じられるくらい一生懸命作った蒸留THFを使用。少なくともマイナス要因ではないでしょう。ヨウ素も新しいボトルに切り替え、ヨウ素を入れたフラスコも充分にアルゴンに置換。ヨウ素を溶かすTHFも、もちろん''freshly distilled'' THF。
更に、今回はスペシャルゲストを呼んでやります。カナダのラボでSmI2を作ったことがある、というポスドク、私の現在いるラボで以前SmI2を作った人の作業を見ていた博士学生3年の彼、そして博士1年で若いながらも熱心で生意気な(笑)学生。彼らに私のテクニックをチェックしてもらいます。じーーーっと見ていてくれ、と。
3回目ともなると、ラボのみんな全員が私の失敗を知っている状況でしてね。周りの皆さんも興味津々で覗いています。焦るけど仕方ない。。。自分の手順や技術が完璧だと思い込むのが私にとって一番怖いことです。。。
で、やるわけです。さて、ヨウ素投入・・・・と、なんと、そこにBoss登場!焦る私(笑 思わずbad timingと言ってしまいましたよ(笑 
で、目の前でやって見せて、何か文句があれば言ってくれとお願いしました。
先の3人含め、偶然通りかかった人(Boss含む)も、文句は無いと。うん、きっと大丈夫。
ふむふむ。よし、加温、攪拌。

次の日。。。またダメだーーーーーーーー(T T)
なんで。。。。(泣 orz がっくりです。

こうなると、ポスドクのプライドに関わってきます(笑。ダメじゃん、俺、的な。。。皆さんOh my god!!とか言ってくれ、助けようとしてくれます。しかしですね、私、ここで火が付きました。絶対独力で作ってみせる、と。日本で6年間やって来た自分としては、この失敗に次ぐ失敗は納得出来ません。悔しい〜〜〜、ってね。
親切な彼らは、他の論文を持って来てくれたり、作ったことがある先輩のポスドクに質問してくれたり、そのポスドクとskypeで話せと言ってくれたり。うん、優しい。
しかしですね。やっぱり独力で解決しないと。
ありがとう、と言って好意を受け取りました。

さて、仕切り直し。
問題点は何なのか。どうすれば良いのか。考えます。もう少し簡単な方法は無いのかも。

そもそも、仕込む前に24時間アルゴン雰囲気下で攪拌って面倒ですよね。他の作り方も、1,2-diiotoethaneを使うKaganの方法は使用前の精製が必用だし。(Procterの論文による。)なるほど。いずれにしても難しい場合が多いようです。そうであるために、Procterは調製だけで論文を発表できるし、様々な調製方法が主張されていて、その他のコツ的な情報も様々あるのかな、と。
でも、もうほとんどの人がこのProcterの論文を参考にしています。これを見ろ、以上。的な。

・・・となるとですね、やっぱり自分なりに信頼できる方法を身につけるのが一番です。もちろんProcterの論文が最も参考になることは間違いないですが。でも、それをやって上手く行かないわけです。そうなったら多少の別路線を行くしかありません。 で、考えた結果、なるべく簡便で煩わしくない調製法を試してみました。

24時間アルゴン雰囲気下で攪拌が非常に面倒。使う1日前から準備しないといけない、というのがどうもね。。。ということで代わりに超音波照射にしたらどうなんだろう。Flowersがやってるみたいだし。こっちの方が私的には簡便に思えます。そちらを参考にします。7分sonic照射でできるって本当かどうか微妙ですが。。。そして、アルゴンや窒素ラインは使わない。アルゴン風船でやる。使う試薬はやっぱりヨウ素。他の試薬は精製が必用っぽいから使いたくない。(すみません、全ての論文は読んでいないので、全部が全部必用ではないかもしれません。少なくとも1,2-diiodoethaneの場合は必用だとProcterの実験項では述べられていますね。)THFはやっぱりNaからの蒸留品にする。個人的にやはり酸素や過酸化物は除きたい。論文によれば、やはり多少の影響はあるみたいですし。(彼らの主張はあんまり影響ない、だけど。。。)

で、やります。THFを蒸留。(もう小さな蒸留塔を自分の実験台に作ったので、ただアルゴン置換して加熱するだけ。アルゴンは自分のドラフトまで来てるからチョー楽ちん。日本では日常的に蒸留している研究室もあると思います。私のいた研究室はそうでした。) その間にSmをフラスコに取る。ポンプを使ってアルゴン置換5回。そして蒸留したてのTHFを投入。そしてアルゴン雰囲気下sonication 20分(7分よりは充分にやりたいな、と)。そしてsonicationをしながらヨウ素のTHF溶液をガスタイトシリンジで投入。その後更にsonication20分。で60°Cに加温。18時間攪拌。

で、ダメーーーーーーーーーー!!!!!!(T△T)
なんでやねん。。。まぢ泣けます。。。

もうこうなったらSmを疑う他、ありません。きっとinactiveじゃなくてもうSmメタルじゃなくなっているとか。Smは灰色みたいですが、酸化された酸化Smだと黄白色だとか。うん、ちょっとそういう黄色みがかった様にも見えるな。。。ということで、別のSmを他のラボから拝借。こっちはもう少し灰色が濃いです。で、私のラボのSm金属はパウダー状なのですが、拝借したSmはパウダーじゃなくて粒状です。うん、やっぱりちょっと違って見える。

で、これを使って仕込み直しです。
もう5回目だー(泣

はい、手順は先ほどと同様。THF蒸留。アルゴン置換をしっかりしてSmにTHFを加える。Sonication20分、アルゴン置換を充分に行ったヨウ素のTHF溶液を投入。sonication20分続行。60°Cに加温、攪拌overnight。

 で。。。。次の日。
青だーーーーーーーーー!!!!!!!
完全にダークブルー!!!!!!!やった(T T)やったよ。ついにできた。
単なるヨウ化サマリウムの調製ですが嬉しかった(笑
皆さん除きにやってきて、一緒に喜んでくれます。いいやつらです。
Blue!!と言った瞬間に駆け寄ってくるんです。いいやつらです。

で、やっとのことで自分の反応に使うことができましたとさ。
つまり、問題だったのinactiveどころか、どうしようもないSmだったようです。

さて、自分的にまとめると次のようになります。
いかに簡便に、そして失敗しないで作れるかに重点を置いて考えます。

振り返って考えるに、やはり基本はProcterの手法は信頼できると思います。 私はちょっと手間を省いたに過ぎません。個人的に重要なポイントは脱酸素と活性化。水は特に関係無い。(ProcterはSmI2の反応で水を使ってますし。)
・THFは蒸留品。これは脱酸素、脱過酸化物ということ。(Procterの言う様に、ヨウ素剤によっては普通のTHFでも大丈夫なのでしょうが、少なくとも蒸留したやつなら信頼できる。少なくともinactive Smから調製する場合、彼は蒸留品を用いている。)
・サマリウムは新しい方が良い。できればパウダー状じゃなくて粒状の方が好ましいと思う。表面のみ酸化されたりして不活性になるから。パウダー状だと完全にSm金属じゃなくなって酸化物などになってしまうスピードが速いと考えられる。(予想だけど。)
(ということで、Smメタルの保存もなるべく酸素に触れない方が好ましい。アルゴン吹き込んでパラフィルム巻くとかですね。)(ただ、本当に新鮮なSmならFlowersのやった通り、超音波7分で反応するのかもしれない。パウダー状の方が反応性高そうだし。)
・ヨウ素で充分反応する。(他の試薬は精製が必用かもしれないので、その手間を省ける)
・Sonicationはきっと有効。(検証不十分だけど、24hアルゴン雰囲気下で攪拌よりは簡単だと思う。)
・反応中はアルゴン雰囲気下のポジティブプレッシャーが望ましい。ラインでずっと流している必用はない。二重のアルゴン風船で充分。ただし、THF投入前にしっかりと置換すべし。

こんな所でしょうか。呼んでくれている人の参考になれば幸いです。

しかし、もう一つ書いておかなければならないことがあります。
それは調製した試薬の安定性。
私が作った試薬は2回使った後に緑色に変色して死んでしまいました。しかも1日。。。沈殿物は薄い灰色。溶液は緑というか黄色というか。。。もちろんアルゴン風船つけておいたのですが。。。少なくとも私の作った試薬は不安定です。一度作ったヨウ化サマリウムはそれほど不安定ではない、という情報もあるのですが、それは使用したSm金属の状態やヨウ素などの試薬の純度にもよると思います。私の実験技術にもよると思いますが。。。

1,2-diiodoethaneから作ると、ヨウ素から作るのと比べてはるかに安定とProcterは言っていますが、私が確認したわけではないので、確かなことは言えません。(Procterはヨウ素から作ると数日でダメになると言っています。私は1日。。。)でも、いずれにしても不安定であると心構えをしていた方が無難だとは思います。でも、Procterは不活性ガス中で1ヶ月保存しても問題無いって言っているんですよねー。私のは到底それには及びません。。。はっはっはっ。。。それから、きっと大スケールの方が安定だと思われます。50ml以上かな。これは予想ですけど。酸素など良くない物の混入量の比率が小さくてすむと考えられるので。私が作ったのはたったの5mlですので、それも原因の一つかと。個人的な判断では、一度作ったヨウ化サマリウムはそれほど不安定ではない、とされているのはほとんど場合50~100mlスケールなんじゃないかと思います。そもそも5mlのヨウ化サマリウム溶液を作る人の方が珍しいんじゃないかな。。。

とうことで、長期保存したいなら1,2-diiodoethaneから作るの方が良いのでしょう。試しに使ってみる程度なら、ヨウ素から作るので充分ではないでしょうか。

さて、本日6回目を行いました。
もう失敗はしません。大丈夫。ようやく私なりに信頼できる方法を身につけました。拝借したSm様々ですがね(笑)
写真も取って保存しておいたのですが、それまでupするとさすがにやり過ぎな感があるので手元に置いて自分の参考にしたいと思います。

ヨウ化サマリウム(II)を毎日のように使う研究室は希でしょう。むしろ使用頻度は高くないのが一般的かなと思います。そんな時は5ml程度作れば充分だと思われます。帰る前にTHFを沸かして蒸留し、アルゴン雰囲気下でsonicationしながらヨウ素を加えて加温して次の日まで攪拌。結構簡単にできると思いますので、読んでくれている人が真似してくれたら嬉しいことこの上ないです。
(できないじゃないか!って怒られるのが怖いけど。。。)

あー疲れた。

今回は以上です。
ブログを開始して以来、初めてchemistらしい話をしたYskでした(笑

6 件のコメント:

  1. Procterの方法で問題無く調製が可能だとだと思ったら、さらに使い物にならないSmメタルという問題があったとは。
    調製がうまく行ってほっとしました。

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    1. katakoriさん
      ダメなSmはいわゆるinactiveなんだと思い込んでいたら、どうしようもないSmもあるんだってことがわかってよかったです。
      作れないのでこの反応諦めました。。。なんていう恥ずかしいことにならずによかったですよ。

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  2. 前の研究室では粒状のSmをsonication&stirringで調製してたよ。前のとこは真空ラインやArライン無いとこだったけど先輩はそれですげーきれいな青色溶液作ってReformatsky反応やってた。試薬が駄目だったとかすげーだるいけどよく諦めなかったね!

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    1. Ashさん
      どうも。やっぱりsonicは有効なようですね。有益な情報をありがとう。こちらで作る人に、sonicやれって教えておきます。
      Smがダメってところに行き着くまでに相当時間を要したけど、まぁ面子は保てたかな。。。よかった。ほっとしたよ。
      しかし研究進みませんわ(笑

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  3. Daichi.S 月のマーク2014年7月10日 15:44

    ヨウ化サマリウムの調整って難しいんですねー。
    試薬では薄いのしか売っていないので調整しようかと思ってググってみたら
    このブログがたまたまでてきました。大変参考になりました。

    まさかこのブログの筆者が有機研のエースだとは気付きませんでしたがww
    なんとなく知り合いの気がして過去ログみたら「はっ!」ってww
    元気そうでなによりです

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    1. ははは。ここに辿り着きましたか。お久しぶりです。元気でやっているようで何より。プロクターの論文はとても良い実用的な論文だと思うけど、それでも出来ない場合があったので、書いてみました。参考になれば嬉しいです。

      Ykが誰だか気がつくように書いてしまっているのは、良い事なのか悪いことなのか・・・笑
      よく分からないけど、ぼちぼち目を通してくれれば嬉しいです。
      会社に行ってもう随分と経ちますが、新天地でも活躍してることと思います。頑張ってください。日本に帰ったら飲みますかね♪

      Ysk

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