英国でポスドクをして大学教員になった若手研究者のブログ

ポスドクの研究留学日記的なブログ

2012年3月9日金曜日

そもそもの、そもそもの話 就活から博士へ①

これは自分のために書くのだけど、自分はすんなり博士課程進学を決めて、ポスドクへの道を選んだ訳ではない。ポスドクに行くのも悩んだけど、それ以上に博士への進学を人生で一番悩んだと思う。
それを「そもそもの、そもそもの話」として書いておこう。
きっと共感してくれる人がいるはずだ。

理系で大学院修士課程の人はほとんど皆、就職活動をするだろう。就職というものを考えた時に初めて自分の人生の生業について真剣に考える人が多いと思うが、自分もその一人だった。
僕の場合、大学4年かけてさんざん考えて悩んできたのだが、ここではあっさり書いておく。
僕がしたかったことは、「文系王国と言われる日本社会において、理系技術者、及び研究者の復権をすること」だった。大それたことを考えたものだが、これは今でも変わらない。
きっかけは「理系白書」という本。この本はショックだった。悔しくもあったし、怒りも覚えた。これが僕の原点だ。
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それをやるには?文部科学省に入省することだろうと思った。そして勉強もしたし訪問も何回かした。現場の官僚さんに話を聞いてもらったりもした。時には役職の偉い人にも。しかし、ダメだと思った。決定打はある官僚さんのこの一言。「官僚ってのはヨットなんだ。色んな方向から風が吹いてくる。それをうまく受け止めて自分の進みたい方向に行くんだ。」
自分の性格ではこれは無理だと思った。「エンジン持ってるんだけど・・・」ってね。
しかもそのエンジンが売りだったから(笑 これにて官僚はさよならでしたね。
それなら政治家っていう考えも一瞬あったけど、その勇気は無かったなぁ。もはや当時の政治は茶番と化していたし。それは今もだけど。

次に考えたのが会社。偉くなって組織作りをしようっていうこと。これまた大きく出たけど、やりたいことが大きいんだから仕方ない(笑 自分のやってきた事を活かして、研究で良い成果を出して、研究出身で成り上がり、「研究者として」他の研究・技術者が恵まれるような組織作りをしようと思った。更に大きく考えれば、自分が仕立て上げた会社の組織を一つの社会モデルとして位置づけ、それを周りに広める努力をする。そうすれば「理系の復権」ができると考えた。大切なのは「研究所や工場の現場をしっかり理解している」ということ。現場主義、科学主義だ。法律、経済主義じゃない。
「事件は会議室で起きてるんじゃない!現場で起きてるんだ!」的な(笑 現場主義を考えた。サイエンスの解らない、法律、経済出身の人が幅を効かせ過ぎていると感じていたのも大きい。サイエンスが解らずして、どうして物作りの会社のトップになれようか!というやや感情的な部分もあった。 でも、これは今でも正しいと思っている。
もう一度言う、日本でまず大切にすべきは経済じゃない。サイエンスだ!
さて、自分の専門は有機合成化学。なので製薬会社か化学会社が自分の専門の活かしどころだ。さっそくエントリーして。製薬のA社と化学のM社から内定をもらったわけだ。もちろんその間にはけっこうな努力をしたのは言うまでもない。

実はこの時すでに博士への道は考えていた。教授からの誘いもあったので。しかし当時は「会社で偉くなって組織を作る」というシナリオに惚れ込んでいた。最も現実的(??)に思えたからだ。個人で出来る範囲内という意味で。当時、名誉教授がいらした時に、会社に入ったら社長目指さないで何になるんだ!っておっしゃっていたのに感銘を受けていたし。

さて、今回はこの辺にしておくけど、実は就活をする理由はもう一つあったことを最後に書いておきたい。先ほども書いた様に、この時既に博士への道を考えていた。しかし就職活動は絶対にやろうと思っていた。理由はメンツ。くだらないがどうしても譲れなかった。今でもそうなのだが、「博士に行く人は就活で上手く行かなかった人」「社会不適合者」というレッテルを貼られる。大なり小なり事実だと思う。この現状は今もほとんど変わらない。博士の採用枠が少ないことがそれを如実に表しているだろう。確かに、大学院重点化という将にカスな政策を国が断行したおかげで、博士の質は極度に低下し、まさに社会不適合者的な人材が育ってしまった。これも事実だ。そしてそれによって、博士というもののイメージが悪くなったと言っていいだろう。その結果、現実的に博士は偉くなれない。お金も稼げない。と、悪いことばかりなのだ。

僕は、「社会不適合者」というレッテルだけは貼られたくなかった。だから一番目指して就活もしたのだ。博士に行くことになっても企業から認められた男でありたい。それがどうしても欲しかったのだ。まさにメンツ。博士=みじめ、こう見られるのだけは許せなかった。僕のプライドがね。だから、まずは企業の内定取ろう。そしてその上でじっくり考えよう、そう考えたわけだ。

男にも女にも譲れないプライドってあると思う。

続きはその②で。

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